

新商品のご案内 大小一腰 太刀 銘 仁勇信濃國住宮入清平作 昭和五十四年八月吉日 脇差 銘 仁勇宮入清平作 昭和五十五年八月日
人間国宝に指定された宮入行平刀匠の弟で、その没後の宮入一門を率い、相州伝のみならず備前伝の美観をも追い求めた清平刀匠の、貴重な大小揃い。清平刀匠は本名を栄三、大正十三年の生まれ。昭和十六年より行平師の下で作刀を学び、独立したのは戦後の二十三年、未だ作刀許可が降りないこの時代には伏龍の如く精進を重ね、作刀承認を得たのは三十四年。作刀技術発表会(後に新作名刀展)に出品して入選、以降は多数の特賞や奨励賞などを受賞している。


新商品のご案内 太刀 銘 備前國長舩住藤原俊光造 昭和三十四年正月吉日
今泉俊光刀匠は、明治三十一年に佐賀県小城郡小城町の旧鍋島藩の士族の家に生まれる。岡山県の紡績会社で技師として働いていた昭和七年頃から独学で作刀の研究を始め、戦時中は陸軍受命刀匠を拝命。戦後は昭和二十九年に逸早く作刀認可を得て鍛冶場を再開、同三十四年には岡山県無形文化財保持者の認定を受けている。昭和四十三年に第二回吉川英治賞を受賞、同四十五年無鑑査認定、四十八年には伊勢神宮へ太刀二振りを献納、そして五十三年には勲五等双光旭日章を受章するなど輝かしい経歴を誇る。平成七年に九十七歳で亡くなる直前まで作刀に勤しんだといい、生涯を備前刀の再現に捧げた情熱一路の名匠である。


新商品のご案内 短刀 銘 津軽住人国俊造之 昭和五十五庚申年仲秋(第四十五代横綱若乃花初代旧蔵)
第四十五代横綱若乃花初代の旧蔵品。昭和五十五年、後進を指導しつつ、事業部長として春日野理事長(元横綱栃錦)と共に相撲協会運営に当たっていた頃、地元津軽の後援者から贈られた二唐國俊(にがら くにとし)の短刀。澄明端正な本作を眺め、激務の疲れを癒していたものであろうか。桐箱(注)に収められ、長らく花田家で保管されていた一口である。


新商品のご案内 太刀 銘 贈 日下開山栃ノ海 陸奥國住人國次作 昭和甲辰年初夏
栃ノ海の横綱昇進を祝う郷里津軽の支援者の依頼で、「日下開山(横綱)栃ノ海に贈る」と添銘された、弘前の刀工二唐國次の精鍛になる太刀。師二唐國俊刀匠も得意とした来國俊写しの一振で、身幅広く重ね厚く鎬筋凛として神社の鳥居を想わせる雄渾なる反り格好に加え、鎺元で強く踏ん張って中鋒に造り込まれた威風堂々の体配。


新商品のご案内 名物庖丁正宗写短刀 銘 摸庖丁正宗 奥州住昭守 昭和甲子三月日
安國寺恵瓊(あんこくじえけい)(毛利家の臣)は、人を見、時流を読む達人で、所伝では信長の破滅を予言したともいう。しかし関ヶ原では武運無く敗れ、畿内の寺院に潜伏するも捕縛されている。恵瓊最後の恃みは素剣と梵字彫のある、頗る幅広の短刀。恵瓊を捕縛した奥平信昌が短刀を徳川家康に差し出すと、家康は正宗作と看破し、恩賞として奥平に下賜したのである。


新商品のご案内 短刀 銘 雲州住善博作 平成十一年神在月
久保善博刀匠は、かつて論文が米国の生化学雑誌に掲載されたことのあるバイオ研究者であった。ある日、隅谷正峯師の「鎌倉時代の名刀は一生かけても作れないだろう」の談話に触れて一念発起。平成元年に大学院を修了後、吉原義人師に入門し、平成六年に丁子乱刃の太刀で現代刀界にデビューした。


新商品のご案内 短刀 銘 國真製之 令和三年吉日(棟銘)秩父大菩薩
厚藤四郎吉光写しの一口で、作者は名工河内國平門の金田國真(くにざね)刀匠。刃長七寸二分、重ね三分六厘、茎長三寸五分で、真の棟の天井広く、本歌の造り込みに忠実。


新商品のご案内 剣 銘 将平
先端に目釘穴が穿たれた、無反りの独特の茎形をした剣。正倉院蔵の切刃造の大刀、鋒両刃造の刀や手鉾から得た閃きを温めて鍛造されたとみられる一口で、両方の刃に沿った二本の鎬筋が屹然と起ち、先端で一つに結び鋒に抜けた、引き締まって美しい姿。
作者の藤安将平(ふじやす まさひら)刀匠は昭和四十一年に宮入行平師(人間国宝)に入門。一貫して相州上工の作を念頭に作刀し、平成二年に相州伝の平造脇差で日本美術刀剣保存協会会長賞、平成十四年には古調な姿の太刀で寒山賞を受賞。古刀期の先達の作品の観察と研究から得た着想を温めながら、衰えぬ創作意欲を活力として鎚を振るっている。














































