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千里眼-刀
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「業物位列」は、須藤五太夫睦済(すどうごだゆうむつずみ)と山田朝右衛門吉睦(よしむつ)が行った試し斬りを拠り所に、柘植方理平助が刀の斬れ味の良否を位付けした切れ味の評定位列。
評定として「最上大業物:さいじょうおおわざもの」「大業物:おおわざもの」「良業物:よきわざもの」「業物:わざもの」の四つの位列がある。

最上大業物

Copy right Ginza Choshuya
Production work Tomoriki Imazu

日本刀販売専門店 銀座長州屋

​価額未表記は売約済または価額応相談のものです
1190

月刊『銀座情報』令和6年2月号 動画版

最上大業物

"Ginza Joho" the 2 issue video

月刊『銀座情報』令和6年2月号 動画版
 月刊『銀座情報』令和6年2月号(448号)の掲載品を動画でもご紹介しております。
(音声が入っております。ご注意くださいませ)

館蔵品ガイド332 刀 銘 日本重要無形文化財 龍泉貞次彫同作
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銘 備州長船兼光(最上大業物)

最上大業物

Kanemitsu

銘 備州長船兼光(最上大業物)
 備前国長舩派を代表する兼光は、光忠-長光-景光-兼光と続く名工の一人。鎌倉時代末期の景光に比べて兼光の短刀は身幅広めにわずかに反りが付き、重ね控えめに刃の通り抜けを考慮した凄みのある造り込みとなる傾向がある。
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兼元(孫六)

最上大業物

Kanemoto

兼元(孫六)
 室町時代後期。美濃国。「濃州関兼元」「兼元」。孫六。兼元二代。初代兼元の子。大永二年から享禄二年(1522~1529)にかけての年紀作がある。切れ味の良さで知られ、最上大業物に列せられている。「関の孫六」と称され、古来より賞玩されている。
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折返銘 兼元(孫六)

最上大業物

Kanemoto

折返銘 兼元(孫六)
 兼元二代。初代兼元の子。三本杉と呼ばれる独特の互の目乱刃を焼く。切れ味の良さで知られ、最上大業物に列せられている。
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銘 兼元(孫六)(最上大業物)

最上大業物

Kanemoto

銘 兼元(孫六)(最上大業物)
 室町時代後期。美濃国。本作は庄内酒井藩代九代藩主の嫡子、忠発(ただあき)がその近習頭取金井男四郎に下賜した最上大業物孫六兼元の一口。附帯する拵は、酒井家の家門が据えられた典型的な庄内拵。鞘には叢梨子地が施され、柄糸は卯の花色に染められた美しい革巻が施されている。
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濃州関住兼定(最上大業物)

最上大業物

Kanesada

濃州関住兼定(最上大業物)
 室町時代後期。 美濃国。「濃州関住兼定」。之定「のさだ」の名称で親しまれる関の名工の初期作。明応年間に「疋定」から「之定」に改名。切れ味鋭く、孫六兼元と共に最上大業物に列せられた。烈の点の並びに之定の特徴が顕著に表れている。
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銘 濃州関住兼定作(之定初期銘)

最上大業物

Kanesada

銘 濃州関住兼定作(之定初期銘)
 最上大業物に列せられる切れ味で遍く知られる兼定は、美濃国のみならず室町時代中後期の刀工を代表する同時代最大の技術者。明応九年八月紀の作から、定の銘字を草体の定に改めており、これ以前の真字を用いている作を疋定と呼び慣わしている。
 この脇差は、「文明四年八月日」紀の兼定最初期の銘に似ており、兼定研究の上でも貴重な資料と言い得る作。
740

銘 兼定(之定初期銘)

最上大業物

Kanesada

銘 兼定(之定初期銘)
 兼定は室町時代の永正頃に活躍した美濃国の刀工。初め兼定(疋定)と銘し、明応九年頃に定の字の旁を之に刻する之定(のさだ)銘に改め、永正年間に和泉守を受領している。
 時代の上がる美濃物特有の細かな鷹ノ羽鑢が掛けられた茎に刻された丸みのある書体の銘字は、兼の第二画、第三角が同一方向に、第九画の鑚が下から上に打たれて兼定の特色が顕著。
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銘 長曽祢興里入道乕徹(最上大業物)

最上大業物

Kotetsu

銘 長曽祢興里入道乕徹(最上大業物)
 長曽祢虎徹は興里と銘する越前の甲冑師であったが、承応から明暦頃の五十歳位の時に江戸に出て刀鍛冶に転じ、入道して古鉄、後に虎徹(乕徹)と切り、生涯この銘を用いている。作刀の師と目される和泉守兼重との縁故から試刀家山野勘十郎永久と浅からぬ間柄となり、その教えを採り入れて切れ味を第一義とする鍛法の究明に精進し、遂には清冽に冴えた地鉄に凛々たる焼き入れの、華実兼備の名刀の鍛造に成功した。
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