日本刀の販売買取のご相談は日本刀専門店 銀座⻑州屋
1970年創業
銀座長州屋
日本刀・刀装具 専門店
2161
正月飾図鐔 銘 如柳(花押)
Jyochiku school
如(じょ)柳(りゅう)は村 上如竹の門人で、師の技術を受け継いで精巧な作品を遺している。正月飾を彫り描いたこの鐔が良い例で、漆黒の赤銅地を磨地に仕上げ、海老の地色を想定して量感のある高彫に素銅色絵とし、目玉は赤銅、手足の所々に金の色絵を微かに加え、全体に毛彫と三角鏨を打ち込んで甲羅の表情や手足触覚の動きを表現している。
注連縄、若松、裏面の竹と万両は、暖か味のある金、銀を含ませた色合いの異なる金、素銅、赤味の強い緋色(ひいろ)銅(どう)による平象嵌を駆使して繊細。勝栗と榧(かや)は高彫に金色絵。いずれも緻密な描写である。
特別保存
450,000
2089
乗牛読書図鍔(鐔) 銘 米澤住重斯
Shigenori
牛の背に後ろ向きで座り読書する人物は、中国の隋末に割拠した群雄の一人、李密(582年─619年)。官職を辞し、史記や漢書を学んでいた時期の姿である。大振りの竪丸形は空間を贅沢に使い、ゆったりとした趣。うっすら鋤き出された雲が流れ、重なり合った唐松の高彫には金象嵌の松毬が輝く。なだらかに柔らかく盛り上がった李密と牛の高彫。牛の背にはうっすらと背骨が浮かび、読書に熱中する主人を気遣うかのように見上げている。
裏は寂びた余韻を残す楼閣山水図。会津住重斯、または米澤住重斯と刻銘した菊池重斯には、薪を背負って読書する朱買臣図鐔(銀座長州屋蔵)という作がある。「ながら読書」は学習意欲が庶民層にまで浸透した江戸時代後期の世相の表れかもしれない。
保存
170,000
1079
鳩に鏃図鍔(鐔) 銘 後藤光久(花押)
Mitsuhisa
切込みの浅い木瓜形を打ち返し耳とした一乗派が得意とする造り込み。陶板のように光沢のある鉄地には鳩と鏃の高彫象嵌。空には棚引く雲が金と赤銅の直線で簡潔に表わされている。写実的な鳩と鏃との異なる表現方法が興味深い。鳩は八幡宮を、弓矢は八幡太郎義家、あ るいは武士そのものを連想させるが、本作は弓矢ではなく散らばった鏃である。一乗派には朽ちた木材や古瓦を散らし置いた図の鐔がある。光久も得意とした画題で、動乱の時代の影響か、無常観や寂寥感、郷愁を誘う。制作年はわからないが、本作もやはり世情を反映して、一つの時代の終わりを暗示しているのではないか。そう考えると大和絵風の雲にも何か含みがあるようにも思われる。光久は後藤一乗の兄是乗(光凞)の子で治左衛門家の六代目を襲った。一乗に似た作風の上手である。
特別保存
230,000
2434
千鳥図鐔 銘 木田正喜〔金印上田〕
Masayoshi
土屋安親は群れる千鳥を個性的意匠で文様表現したことで遍く知られている。
その美観追及の意識は後の多くの金工に影響を与えたものと思われ、この紀州金工上田正喜(まさよし)も独創的な千鳥の図を追い求め、類例稀な表現とした。質の異なる鉄地の合わせ鍛えに腐らかしの手法と打返耳で、寄せては返す波の様子を全面に浮かび上がらせ、波間に飛翔する千鳥の姿を丸みのある高彫として目玉にのみ金象嵌を施している。
ピンと響く地鉄は色黒く、ねっとりとした光沢があり、筋立つ鍛え肌は耳の周囲にも表れ、しかも割れることなく殊に美しい。正喜は後藤常正に学んで独立、紀州徳川家に仕えた名工である。
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330,000
2374
黄石公・張良図鍔(鐔) 無銘 彦根
Hikone
左手で龍の角にしっかり掴まり、右手を高く掲げて沓を差し出すのは後に前漢を興した劉邦の軍師となった張良。
橋の上、馬上よりそれを厳しい表情で見つめる人物は秦末の隠者黄石公である。秦の始皇帝暗殺に失敗した張良が身を隠していた際に黄石公と出会い、試練を経て兵法書を授かるという故事を基にした謡曲の一場面。長幼の序、忍耐、精進、勇気という武士の規範を表すこの画題は装剣小道具に好んで採られた。
藻柄子宗典派らしい躍動感のある肉彫り地透を金銀素銅の象嵌が彩る。宗典派は居住地から彦根彫りの呼称があるが、本作は無銘ながら彦根の巧技が余すところなく発揮されている。
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200,000
2168
蕪に蝶図鍔(鐔) 無銘 江戸肥後
Edo higo
蕪と蝶は古くから陶磁器や着物の文様として目にする画題である。不思議な取り合わせだが、古語で「頭」のことを「かぶ」と発音したことから蕪は出世の象徴。蝶は中国語でhudie。発音の一部dieが老年を意味する耋dieと音が通じることから長寿の象徴とされたという。
大振りの撫角形は鍛え良く、ゆったりとした趣。蕪は金の布目に銀の布目を厚く重ねた凝った仕上げ。手に持って角度を変えると銀の間からきらきらと金が覗く。踊るような葉は、葉脈に細かく金布目象嵌を施したものと葉先にぼかすように異なる色調の金で布目象 嵌を入れたものの二種で表と裏、陰と陽を表す。打ち込まれた鏨が地紋のようにも見え、そこに薄く鋤き出された蝶が舞う。繊細な文様は三種の金による布目象嵌。江戸肥後とは、仙台出身の熊谷義之が江戸四谷に出て肥後細川家の抱え工となったことからついた熊谷一派の呼称。金銀の布目象嵌を多用した華やかな作風で人気を博した。四谷肥後とも呼ばれた。
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160,000
2159
若松紋散図鐔 銘 東雲斎渡邊壽光作
Toshimistu(Toryusai school)
渡邊壽光(としみつ)は江戸後期に隆盛した東龍斎清壽の門人。木賊(とくさ)を耳に廻らした鐔、新趣の菊花尽し鐔、雪花文鐔、匂うような蘭の花を散らした鐔等(注)、写実味のある文様表現を得意とした名工。本作は、若松を組み合わせた繊細な線描写が美しい家紋散しの図。極上質の赤銅地はあらゆる光を吸収してしまうかのように色合い黒々として、金による家紋とは陰陽の対極にある存在。大粒に蒔かれた魚子は一糸乱れず整然とし、高彫された家紋はふっくらと丸みがあって上品、金の色絵が鮮やかに映えている。
特別保存刀装具鑑定書
五十万円(消費税込)
注…いずれも『銀座情報』掲載品。
特別保存
500,000
2430
汐汲図鐔 銘 元堂〔敏行金印〕
Tetsugendo SHORAKU
鉄元堂(てつげんどう)正楽(しょうらく)は夕立に遭遇した市井の人物を彫り描いた作品を多数遺している。
そこには人の出会いが表現されており、江戸中期の金工としては画期的な図案であった。この鐔も、海辺で働く汐汲みの女と山から薪を切り出してきた男の出会いを主題とした作。
両者の接点は塩を煮詰める汐屋に他ならない。鉄地を鋤き込んで陽の西に傾いた山間を、足元には寄せ来る波を彫り表して背景を鮮明にしている。二人の人物は彫口高く、金銀の象嵌(ぞうがん)が濃密でしかも精巧。
裏面の磯慣松も効果的。鉄元堂正楽は、この出会いを鐔上での物語にまで高めたのであった。
特別保存
600,000
2422
唐草図鍔 (鐔) 無銘 古金工
Ko-kinko
赤銅といっても差し支えないのでは、と思うほど黒味が強く、ずしりと重い手応えのある鐔。文様の隙間を埋めるのは、やや大きめの古風な石目地。時代の上がる鐔によく見られる角形の小柄櫃と山形の笄櫃を備えている。素朴な石目地を背景に浅く鋤き出された葵の葉と梶の葉が浮かび上がり、所々に散らし置かれた金銀の露象嵌が控えめに輝く。葵は「逢ふ日」の掛詞。梶の葉は七夕にちなむ。年に一度牽牛星と織女星が逢うことができる七夕。その夜に梶の葉に和歌や願い事を書くという習わしがあった。武人の持ち物故猛々しいものが好まれるのかと思いきや、装剣小道具には雅やかな画題も数多くある。柔らかい素材故に450年の星霜を経て角耳の円周部の殆どに当たり傷がある。
保存
150,000
2274
桜花五重輪散帆掛舟図鐔 銘 貞栄
Tei ei(Sadanaga Hazama school)
独特の風合いを示す砂張(さはり)象嵌(ぞうがん)を駆使した間(はざま)派の鐔は、表裏違った図とされることが多い。
この鐔も、帆掛舟と桜の採り合わせで、同心円は春爛漫の空気感の表現と捉えるべきものか、鑑賞者の感性が問われる作品となっている。
鉄地に瀟洒な文様を彫り込み、砂張を象嵌する技法は鉄炮の装飾技術に始まると伝える。
本作も、熔けた砂張の収縮による微妙な凹凸が、自然な景色を生み出している。
近江国友村出身の貞栄(ていえい)は間派を代表する名工で、伊勢亀山、山城、下総と、主家に伴って各地で活躍している。
特別保存
550,000
2090
月下繋馬図鍔(鐔) 無銘 柳川派
Yanagawa school
銀色に輝くのは十八夜か、それとも十九夜の月であろうか。薄野原を照らす冴え冴えとした月明かりの下、馬が一頭草を食んでいる。裸馬ではあるが、放れ馬ではない。馬を繋ぐ綱は鐔の耳から裏側へまわり、朽ち木に括り付けられている。旅の途中であろうか、何か物語を感じさせる情景である。小肉のついた耳にまで撒かれた微細な魚子は整然として美しい。量感のある高彫の馬は、大き な目が印象的。柳川派の特徴を示す豊かな鬣と引き締まった力強い体躯をしている。柳川派の祖である直政は、横谷宗珉の直門。横谷式の赤銅魚子地高彫を得意とした。続く直光、直春、直連ら本家の頭領をはじめ門人達も代々その技を受け継いで栄えた。
保存
220,000



















































