

新商品のご案内 片切刃造脇差 大磨上無銘 飛騨守藤原氏房(業物)
相州貞宗は、名物切刃貞宗の刀(重美)の他、素剣、梵字、二筋樋の映えた平造脇差を遺している。いずれも精強な地鉄に沸出来の乱刃が冴えた優品である。この貞宗の創造した美に挑むべく、越前康継、埋忠明壽、堀川國廣、越中守正俊、出羽大掾國路、國路の高弟三条義國、播磨守輝廣等の腕に覚えのある江戸最初期の名手達が片切刃造脇差を鍛え上げて成功している。


新商品のご案内 刀 銘 平安城住大隅守平廣光 慶應三丁卯年八月日
新撰組副長土方歳三の刀の作者和泉守兼定は、文久三年七月に上京し、十二月四日に和泉守を受領した。兼定は慶応元年二月の帰国まで二年余在京している。その時、兼定の相鎚を勤めたのが、表題の刀の作者大隅守廣光で、本名を河合幸七といい、大和郡山藩柳沢家の家臣であった。同藩が会津藩に協力して京都治安保全を担当していた縁で兼定の門人となったもので、慶応年間に大隅守を受領しており、優れた技術の持ち主であったことがわかる。


新商品のご案内 平造脇差 銘 正蔭作 嘉永甲寅仲春
江戸後期の優工玉心斎正蔭(ぎょくしんさい まさかげ)の、備前伝の平造脇差。身幅充分で反り浅く寸法は控え目、腰樋と細樋が掻かれた洗練味のある姿。地鉄は小板目肌に古鉄を巧みに卸して合わせ鍛えたものであろう、僅かに起ちごころの肌を交え、小粒の地沸が付いて明るい鉄色を呈する。


新商品のご案内 刀 大磨上無銘 藤原高田
地刃の出来がどこか備中青江を想起させる大磨上無銘の良刀。かつては二尺五寸を超える長さがあったとみられ、身幅と重ねは尋常で、適度に反りが付いて中鋒に造り込まれ、今尚、元来の伸びやかで美しい体配を偲ばせている。


新商品のご案内 腰一分刻黒変り塗鞘突兵打刀拵杜若に不如帰図鐔 銘 蔓莬子紫酔製之刀 銘 豊州高田住藤原行長
突兵拵は、幕末の洋式調練に応じて盛行した拵の様式である。柄頭と鐺が尖った独特の形状で、鞘は腰元が朱石目地塗に一分刻で、黒漆塗に草の模様であろうか、実に凝った趣向。


新商品のご案内 刀 銘 宇多平國
越中国は、古くは郷義弘や佐伯則重等の名匠を輩出した地。その風土は伝統的な作刀技術を内包していたのであろう、室町時代に入って「宇多」を冠称する國房、國宗、國久、國次、平國(ひらくに)等多くの優れた刀鍛冶を育んだが、今日これら諸工の在銘作は短刀や脇差のみ多く、雄渾な銘字が堂々と刻された長寸の打刀は、如何なる訳か極めて尠ない。


新商品のご案内 刀 銘 近江守法城寺橘正弘
法城寺正弘一門は斬れ味に優れ、虎徹と共に江戸刀工の高い技量を世に知らしめた名流。但馬国より江戸に移住した初代、その技術を受け継いだ二代もまた、藤代版『日本刀工辞典 新刀篇』に「既斬一胴利甚因累三胴断之刃端入 富田彌一左衛門試之」と銘された刀があるように刃味が優れ、水戸家二代藩主光圀に抱えられている。


新商品のご案内 刀 銘 薩州波平安行 享和三年亥八月日
薩摩刀工波平安行は、初め安州、安氏と銘し、享和二年に波平第六十代目を継いで安行と改銘した。柾がかった板目鍛えの地鉄に直刃仕立ての重厚な刀を鍛え、一刀両断を目的とした薩摩隼人の需に応えている。


新商品のご案内 短刀 銘 石州濱田住藤原國義 下総守 慶安三年十二月吉日
石州浜田の住人國義は日向国飫肥の生まれにて、姓名を鈴木作之丞という。同郷の和泉守國貞を頼って大坂に上り、その門下となって修業し、寛永、正保年間には師の代作を任せられる程に腕を上げた隠れた名工である。


新商品のご案内 太刀 銘 金毘羅大権現 應玉木喜友之需嘉永五年壬子九月十日 野州住細川義規作
細川義規は細川民之助正平の子で名を剛之助といい、文化十一年の生まれ。大慶直胤と共に水心子正秀門の双璧を成した細川正義の甥。天保十七年に父に就いて修業を開始し、同八年宇都宮藩工となる。折しも尊攘派の志士の疾駆した幕末、義規も水戸藩の勤王派に共鳴し、「赤心報國」「尽忠報國」と切銘した作を打つ。遺作には鍛えの良い地鉄に備前伝丁子乱刃、端正な直刃を焼いた刀があり、森岡朝尊著『新刀銘集録』巻九でも「太刀姿反髙ク古備前之風有。地鉄ノキタイ細ニ丁子乱ヲ焼匂ヒ深ク上手ナリ」と高く評価されている。









































