

新商品のご案内 脇差 銘 藤原綱行
光沢のある美しい茶漆塗鞘の脇差拵。柄前を装う縁頭は月下に干網と帰雁図を描いた詩情豊かな図柄で、しっとりとした朧銀磨地に竹、梅、一路平安図が地紙模様風に描かれた栗形と裏瓦も、もののあわれを感じさせる。


新商品のご案内 刀 銘 肥前國忠吉(八代)
肥前國忠吉(ひぜんのくにただよし)八代は佐賀藩士古川与兵衛道弘の次男で享和元年の生まれ。本名を舜一郎といい、母は六代忠吉の娘。病弱で子のなかった七代忠廣の養子となって家督を継いだ。


新商品のご案内 金梨子塗葵紋蒔絵鞘糸巻太刀拵小太刀 銘 濃州関住二十三代藤原兼房作之 昭和三十三年五月吉日
名古屋場所の栄えある最初の優勝力士若乃花に贈られた副賞。若乃花が居間に飾って終生愛でた小品で、現花田家の当主からゆずられた揃い物。未だ相撲ファンの間で語り継がれる栃若時代の熱気を今に伝えている。


新商品のご案内 短刀 銘 備前國住長舩三郎兵衛尉永光 享禄五年二月吉日 於防州作之 臨兵闘者皆陣列在前
三郎兵衛尉永光の俗名と「臨兵闘者皆陣列在前命」の十字が刻された短刀。「於防州作之」は大内義隆の領国周防での作を表しており、刻されている銘も貴重。


新商品のご案内 脇差 銘 鬼塚吉國
鬼塚吉國(おにづかよしくに)は江戸初期の筑後柳川の刀工。柳川の領主立花宗茂は武勇に秀でて人望厚く、関ケ原の戦で敗れるも、その人物を愛した家康より奥州に領地を与えられ、後の元和六年に十万石で柳川に再封されている。吉國も宗茂と共に帰還し、島原の乱で活躍した池邉彦左衛門の刀(第三十四回重要刀剣)や武芸に秀でた土豪甲木藤右衛門の刀を手掛けている。


新商品のご案内 平造脇差 銘 驍邦作
驍邦(あきくに)は備後国の刀工で、竜泉子と号し、元治元年、慶応三年の年紀作があるも、師に関する記載はない(注)(『日本刀銘鑑』)。 驍邦の貴重な作とも言い得るこの脇差は、身幅が広く重ねも頗る厚く、寸法が延びてふくらがやや枯れた、鋭利で頑健な造り込み。


新商品のご案内 平造脇差 生ぶ茎無銘 文珠
文珠(もんじゅ)と極められた平造脇差。文珠は江戸前期に紀伊国和歌山城下で活躍した南紀重國の子、及びその一門でも重國の作刀を支えた重貞等優工のこと。


新商品のご案内 短刀 銘 固山宗次 明治二年秋
固山宗次は享和三年に陸奥国白川の刀鍛冶固山宗一の次男として生まれた。天保初年頃に江戸の名手長運斎綱俊に入門して作刀を学び、備前伝丁子乱刃を会得し、試刀家の伊賀乗重や山田浅右衛門に就いて切れ味を探求し、美しく、しかも刃味の優れた刀を完成させている。宇和島藩伊達侯や古河藩土井侯等上級武士の需に応え、また明治五年にはウィーン万博出品刀剣の製作を拝命するなど、日本を代表する刀工として高い名声を誇った。


新商品のご案内 短刀 銘 雲州住善博作 平成十一年神在月
久保善博刀匠は、かつて論文が米国の生化学雑誌に掲載されたことのあるバイオ研究者であった。ある日、隅谷正峯師の「鎌倉時代の名刀は一生かけても作れないだろう」の談話に触れて一念発起。平成元年に大学院を修了後、吉原義人師に入門し、平成六年に丁子乱刃の太刀で現代刀界にデビューした。


新商品のご案内 短刀 銘 國真製之 令和三年吉日(棟銘)秩父大菩薩
厚藤四郎吉光写しの一口で、作者は名工河内國平門の金田國真(くにざね)刀匠。刃長七寸二分、重ね三分六厘、茎長三寸五分で、真の棟の天井広く、本歌の造り込みに忠実。














































