新商品のご案内 短刀 銘 忠次 昭和六十二年三月吉日
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短刀 銘 忠次 昭和六十二年三月吉日
Tanto:
Signed .TADATSUGU
Showa 62 nen 3 gatsu kitsujitsu
不自借身命の五文字に刻まれた作刀への覚悟
清水忠次(しみず ただつぐ)刀匠は大正十年、東京都葛飾の生まれ。作刀の開始は比較的遅く、三十代後半に初代吉原國家刀匠に入門し、自ら学んでいた居合術や抜刀術を通して作刀に活かした。その後の名刀展などでは多くの賞を受賞しており、全日本刀匠会の相談役を勤めるなど公の場でも活躍し、伊勢神宮への奉納刀の製作にも携わっている。
刀身の表に「不自借身命(命を惜しまず仏道の教えに精進するの意)」の文字が力強い筆致で彫り込まれている。作刀に対して命を惜しまず精進するという決意を示したものであろう。
#95 最後の仇討ち(6)
短刀 銘 和泉守兼定(伝一ノ瀬切)
明治13年12月17日
臼井六郎、父亘理の仇敵一瀬直久を討つ
ここに仇討ちが成就する―。
19の歳に仇敵一瀬直久を追って上京し、苦節四年。
23歳となった六郎は、同郷人手塚祐より一瀬が栄転して甲府より東京へ戻ってきている事を知らされる。
はるばる甲府まで一瀬を追って幾度となく仇討ちの機会をうかがうも果たせず、今回こそ最後の機会と覚悟を新たに、一瀬が判事として勤める東京上等裁判所を朝に夕に見張り続ける日々。そして、とうとう《その日》が訪れた!
明治十三年12月17日
朝の見張りを終えた六郎は、ふと思い立ち、銀座三十間堀にある旧秋月藩主の黒田邸へと向かう。そこは旧秋月藩士たちが集い故郷を懐かしみ、同郷人同士の親交を温める場所になっているという。そして、その屋敷では六郎の親戚の鵜沼不見人が家令を勤めていた―。
急激に回り始めた運命の歯車。六郎の宿願が遂に成就される時が迫る。
《六郎のいちばん長い日 運命の明治13年12月17日》
どうぞお見逃しなく。
~~臼井六郎略歴~~
安政五(1858)
秋月藩中老臼井亘理の長男として誕生
慶應四(1868)1月鳥羽・伏見の戦い
慶応四(1868)5月23日※旧暦
父亘理とその妻清、秋月藩の保守派である干城隊士によって暗殺される。
慶應四(1868)9月8日※旧暦 明治に改元
明治六(1873)
「仇討ち禁止令」が出される。これにより私的な報復は認められなくなり犯罪となる。
明治九(1876)六郎上京(19歳)
同年10月 秋月の乱。12月 中心人物の今村百八郎ら斬首される。
この頃六郎山岡鉄舟に入門する。
明治十一(1878)
甲府支庁勤務の仇敵一瀬直久を追って甲府へ。その後何度か一瀬を狙って東京と甲府を
往復するもいずれも不首尾に終わる。
明治十三(1880)
同郷の手塚祐により一瀬が栄転して東京上等裁判所に勤務していることを知らされる。
同年12月17日
思い立って黒田邸を訪問。そこに現れた一瀬直久を短刀にて刺殺。仇討を成就させる。
その後外幸橋警察署に出頭。管轄外だったため改めて築地警察署に自首。
※年齢は数え年
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