

新商品のご案内 短刀 銘 傘笠正峯作之 平成五年十二月日
隅谷正峯(まさみね)師は現代刀界の第一人者。昭和十四年に入学した立命館大学で、固山宗次や泰龍斎宗寛の流れに連なる桜井正幸と出会って鍛刀技術を学んで作刀に没頭。戦後は備前一文字、長光、景光等の古名刀の研究に邁進し、華麗で豪華な「隅谷丁子」を完成させ、昭和四十年、四十一年、四十九年と三回の正宗賞に輝き、昭和五十六年に国指定重要無形文化財保持者となる。


新商品のご案内 刀 大磨上無銘 手掻
手掻(てがい)は鎌倉末期から南北朝時代の大和国に栄えた鍛冶集団。棟梁包永は柾がかった地鉄と沸強い刃文を特色とし、乱刃(みだれば)と直刃(すぐは)を表裏に焼き分けた神君家康御手触の名物児手柏包永(このてかしわ かねなが)の刀を筆頭に名作も多い。包貞、包清等「包」を通名とした優工を擁し、寺院や寺領荘園を守る武士の需に応えた。


新商品のご案内 脇差 銘 備中国水田住国重作
水田国重の特色が顕著な優品。
鎌倉時代から南北朝期にかけて青江鍛冶が活躍した備中国では、時代が降って江戸時代に至ると、大月与五郎国重(くにしげ)を棟梁とする水田(みずた)鍛冶が活躍している。同国水田(岡山県真庭市上水田)に居住した彼らは、板目鍛えが鮮明で沸の強く現れた地鉄に沸厚い相州伝互の目乱刃を焼いて人気を博した。


日本刀の魅力と歴史
在光は左京進宗光と合作もある(『日本刀工辞典古刀篇』)備前長舩の刀工。当時、備前は応仁の乱で復権した赤松政則の領国で、右京亮勝光と左京進宗光は、時には赤松軍に従軍し、また九代将軍義尚の近江六角攻めの際には赤松氏の命で一族一党と共に近江鈎の陣に赴任して将軍の御前打を勤めた。在光は勝光や宗光の同族同門で、彼らを助けて鎚を振るっていたものであろう、自身銘の刻された作は極めて尠ない。


新商品のご案内 刀 銘(枝菊紋)日本鍛冶惣領宗匠 伊賀守藤原金道(三代)(枝菊紋)丹波守吉道(京四代)(業物)
京の名匠伊賀守金道三代と丹波守吉道四代の合作刀。金道三代は明暦元年に金道二代の子として生まれ、貞享元年六月二十八日三十歳で伊賀守を受領している。一方、丹波守吉道四代は名を三品吉之丞といい、寛文十三年に丹波守を受領している。二人は美濃より京に移住した兼道を祖とする三品家の同族である。


新商品のご案内 刀 大磨上無銘 藤原高田
地刃の出来がどこか備中青江を想起させる大磨上無銘の良刀。かつては二尺五寸を超える長さがあったとみられ、身幅と重ねは尋常で、適度に反りが付いて中鋒に造り込まれ、今尚、元来の伸びやかで美しい体配を偲ばせている。


新商品のご案内 刀 銘 宇多平國
越中国は、古くは郷義弘や佐伯則重等の名匠を輩出した地。その風土は伝統的な作刀技術を内包していたのであろう、室町時代に入って「宇多」を冠称する國房、國宗、國久、國次、平國(ひらくに)等多くの優れた刀鍛冶を育んだが、今日これら諸工の在銘作は短刀や脇差のみ多く、雄渾な銘字が堂々と刻された長寸の打刀は、如何なる訳か極めて尠ない。


新商品のご案内 刀 銘 近江守法城寺橘正弘
法城寺正弘一門は斬れ味に優れ、虎徹と共に江戸刀工の高い技量を世に知らしめた名流。但馬国より江戸に移住した初代、その技術を受け継いだ二代もまた、藤代版『日本刀工辞典 新刀篇』に「既斬一胴利甚因累三胴断之刃端入 富田彌一左衛門試之」と銘された刀があるように刃味が優れ、水戸家二代藩主光圀に抱えられている。


新商品のご案内 平造脇差 銘 武州住康重
北条氏康より一字を授かって康重を名乗った山本氏康家は、戦国最盛期の弘治、永禄、元亀、天正にかけて代々が北条家の鍛冶として仕え、滝山城下から八王子城下の下原に移って以降は下原住とその居住地を切り添えている。


新商品のご案内 短刀 銘 忠次 昭和六十二年三月吉日
清水忠次(しみず ただつぐ)刀匠は大正十年、東京都葛飾の生まれ。作刀の開始は比較的遅く、三十代後半に初代吉原國家刀匠に入門し、自ら学んでいた居合術や抜刀術を通して作刀に活かした。その後の名刀展などでは多くの賞を受賞しており、全日本刀匠会の相談役を勤めるなど公の場でも活躍し、伊勢神宮への奉納刀の製作にも携わっている。









































