

日本刀の魅力と歴史
在光は左京進宗光と合作もある(『日本刀工辞典古刀篇』)備前長舩の刀工。当時、備前は応仁の乱で復権した赤松政則の領国で、右京亮勝光と左京進宗光は、時には赤松軍に従軍し、また九代将軍義尚の近江六角攻めの際には赤松氏の命で一族一党と共に近江鈎の陣に赴任して将軍の御前打を勤めた。在光は勝光や宗光の同族同門で、彼らを助けて鎚を振るっていたものであろう、自身銘の刻された作は極めて尠ない。


新商品のご案内 刀 銘(枝菊紋)日本鍛冶惣領宗匠 伊賀守藤原金道(三代)(枝菊紋)丹波守吉道(京四代)(業物)
京の名匠伊賀守金道三代と丹波守吉道四代の合作刀。金道三代は明暦元年に金道二代の子として生まれ、貞享元年六月二十八日三十歳で伊賀守を受領している。一方、丹波守吉道四代は名を三品吉之丞といい、寛文十三年に丹波守を受領している。二人は美濃より京に移住した兼道を祖とする三品家の同族である。


新商品のご案内 片切刃造脇差 大磨上無銘 飛騨守藤原氏房(業物)
相州貞宗は、名物切刃貞宗の刀(重美)の他、素剣、梵字、二筋樋の映えた平造脇差を遺している。いずれも精強な地鉄に沸出来の乱刃が冴えた優品である。この貞宗の創造した美に挑むべく、越前康継、埋忠明壽、堀川國廣、越中守正俊、出羽大掾國路、國路の高弟三条義國、播磨守輝廣等の腕に覚えのある江戸最初期の名手達が片切刃造脇差を鍛え上げて成功している。









































