日本刀の販売買取のご相談は日本刀専門店 銀座⻑州屋
1970年創業
銀座長州屋
日本刀・刀装具 専門店
2387
歳寒二友に猛禽図鐔 銘 洛北居 後藤光久(花押)慶応三卯年 中秋彫之
Mitsuhisa(Goto school)
光久(みつひさ)は後藤次左衛門家の六代目。後藤一乗が活躍した環境にあって作風にその影響を受け、自然の細やかな動きに心が動かされる図を精巧に彫り表すを得意とした。冬の冷たい空気に耐えて咲き、雅な香りを漂わせる二つの植物を彫り描いたこの鐔が典型。明るい色合いの朧銀地を細やかな石目地に仕上げ、耳を打ち返して穏やかな抑揚のある地面に仕上げ、鮮やかに花開く梅を香り漂うが如く彫り描いている。裏面は上品な香りを纏って佇む清楚な白菊。梅樹に猛禽を添え、武人の腰を飾るものとしている。
保存
850,000
2238
楼閣透図大小鐔 大小 銘 武州住忠時
Tadatoki
楼閣と聞いて想像するのは「砂上の楼閣」ということわざであろう。しかし、負の意味合いを持つ楼閣図では、鍔の意匠として不適切であり、楼閣図には別に深遠なる寓意が隠されていると考えるべきであろう。
今から千年以上前に范仲淹(はん ちゅうえん)という北宋の政治家がいた。彼の特異な点は、儒教的価値観を如何に政治・社会に浸透させ、これを世に反映させるかという実効性を重視していた点である。
ある時、役人の滕子京(とうしけい)という人物が岳陽楼(がくようろう)という楼閣を修築し、友人である范仲淹に記念文の執筆を依頼したという。范仲淹は『岳陽楼記』と呼ばれる祝文を認め、左遷された滕子京を慰めるとともに、岳陽楼の修築完成を祝したという。この文中にあるのが「先天下之憂而憂、後天下之楽而楽」(天下に先んじて憂え、天下の人々が楽しんだ後に楽しむ)の一文である。
楼閣とは、遠方を見渡し、外敵を警戒するための要所であると同時に、次第に階位が上がる立身出世の象徴でもある。頂に立った者だけが目にすることのできる絶景は、地上の民草には決して垣間見えぬ景色であろう。しかし、楼閣の頂上から何を見るかでその人物の真価が決する。
江戸の鍔工、赤坂忠時が手がけた「楼閣図鐔」には、わずか数寸の金属面に、繊細な毛彫りで楼閣が刻まれている。注文主がこの鐔に託したのは、まさに『岳陽楼記』に記された士の理想と内省の精神であったのだろう。小さな鐔面に凝縮されたこの精神世界は、武士が日々手にする刀の一部として、彼の生き様を傍らから見続けてきたことであろう。
特別保存
300,000
2133
文様散鍔(鐔) 無銘 平安城象嵌
Heianjo zogan
そもそも犬が画題として取り上げられることが珍しい。しかも時代の上がる鐔に、である。画題としての犬は、じゃれあう仔犬や、座頭に絡む野犬、野晒とともに描かれる餓狼などが典型。本作のような猟犬が描かれるのは極めて珍しい。蓑笠を付けた人物の後を追う犬の全身から嬉しい楽しい気持ちが伝わってくる。絵風鐔への過渡期と考えられる作。引き締まった小振りの鉄地全体に展開する真鍮地高彫象嵌は、それぞれ関連性があるのか無いのか不思議な取り合わせである。しかも木賊を刈る人よりも巨大な海老やカマキリ、野菊など、何を基準としてそうなったのか、できることなら作者に聞いてみたい。現代の感覚では捉えきれない面白さが凝縮されている。実用の点からの不思議は小柄櫃に設けられた鉄地の当て金である。小柄のためなら柔らかい銅を用いた方が良いのではないか。全体の色合いを変えたくないという美観を追求してのことだったのだろうか。謎多き鐔の最大の謎を最後に。裏面の茎櫃周辺の一部に魚子が撒かれているのだ。赤銅魚子地の古金工や古美濃の鐔の切羽台には、試し打ちであろうか、稀に数条の魚子が撒かれていることがあるが、鉄地の切羽台に魚子が撒かれているのを初めて見た。滑り止め?どなたかご存知ならご教示願いたい。
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160,000
2089
乗牛読書図鍔(鐔) 銘 米澤住重斯
Shigenori
牛の背に後ろ向きで座り読書する人物は、中国の隋末に割拠した群雄の一人、李密(582年─619年)。官職を辞し、史記や漢書を学んでいた時期の姿である。大振りの竪丸形は空間を贅沢に使い、ゆったり とした趣。うっすら鋤き出された雲が流れ、重なり合った唐松の高彫には金象嵌の松毬が輝く。なだらかに柔らかく盛り上がった李密と牛の高彫。牛の背にはうっすらと背骨が浮かび、読書に熱中する主人を気遣うかのように見上げている。
裏は寂びた余韻を残す楼閣山水図。会津住重斯、または米澤住重斯と刻銘した菊池重斯には、薪を背負って読書する朱買臣図鐔(銀座長州屋蔵)という作がある。「ながら読書」は学習意欲が庶民層にまで浸透した江戸時代後期の世相の表れかもしれない。
保存
170,000
2027
三聖吸酸図鍔(鐔) 銘 直丈
Naotake
過剰と思えるほどの装飾だ。点景、背景、装束の文様が色味を変えた金象嵌で隙間を埋め尽くすようにちりばめられている。この作品の主題を装飾に埋もれさせて隠したがっているのではないかと思うほどだ。
大振りの鉄地竪丸形の中央に薄肉彫りで酢の入った大甕を据え、それを囲むように釈迦(仏教)、孔子(儒教)、老子(道教)の三聖人が立っている。何やら楽しそうで、特に中央の釈迦は歯を見せて大笑いしている。「三聖吸酸(さんせいきゅうさん)」または「酢吸三教(すきゅうさんきょう)」と称されるこの図は、誰が舐めても酢は酸っぱいように、教義や宗教が違っても真理は一つであるということをわかりやすく表している。室町時代に中国から伝えられたこの図は禅画で好まれ、後に寺社建築の彫刻にも採られている。裏側は鋤き出された岩の間を清冽な水流が迸る。清らかな水の流れを遠近、高低で奥行きを出した金象嵌の草木が鮮やかに彩っている。
武陽住と銘する直丈は、作品の類例は 少ないが、本作の見事な象嵌技術や表情豊かな人物描写を見れば優れた金工であったことがよくわかる。
特別保存
280,000






























