​ 日本刀専門店銀座長州屋がご紹介する鐔、目貫、縁頭、小柄、笄、揃金具などの刀装具を種類別にまとめた商品検索ページです。ご要望のお品がございましたら、お気軽にお問合せ下さい。(価額税込)

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金一疋獅子図二所 小柄 銘 紋 程乗 光美 (花押)目貫 無銘 後藤

Mon Teijo Mitsuyoshi

筋肉隆々としてゆるみなく、殊に腰から尻にかけて肉感強く、大地を蹴る四肢も張って動きに軽やかさが窺い取れる後藤宗家九代程乗の獅子図小柄。程乗は慶長八年に七代顕乗の子として誕生。李兵衛家二代当主となり、覚乗と共に前田家に出仕し、加賀金工の育成と藩の財務に携わったことでも知られている。寛永十三年宗家を相続し、高雅が作品を多く遺している。本作は、十五代光美(みつよし)によって極められたもので、ふっくらと打ち出し強く、表面からの谷深い掘り込みも後藤の伝統を示している。目貫は、薄手の打ち出しから江戸初期の御当家の作と鑑せられる。

特別保存

500,000

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黒漆塗沢瀉紋金粉蒔絵刀掛

"Omodaka"mon kin-pun makie, katanakake

 黒漆塗に金粉蒔絵にて立沢瀉、抱沢瀉など四種類の沢瀉紋を、さらに永楽通宝紋や丸に頭合わせ三つ木文字紋などの家紋を散し配した刀掛。
 持ち手を横に渡す形式は大名家の遺例に多く見られるもので、遠く織田信長を思慕したものであろうか、永楽通宝紋が描かれている点が興味深い。永楽銭は明朝の永楽帝時代の銭貨のことで、北方の小皇族より身を興し、己が軍略を以て明朝最大の版図を築き上げた永楽帝に、信長が自らの姿を重ね合わせて紋所としたものと思われる。一方沢瀉は、前にのみ進んで後退しない蜻蛉(勝虫)が羽根を休める植物として、また網目のように根を張って成長することから繁栄の象徴として好まれ、毛利元就が家紋に採り入れたことは良く知られている。

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450,000

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裾濃紫色糸縅小札陣羽織

Jin-baori

 甲冑に用いる小札を縅し付けた構造の、具足に見紛う容姿と高い防御力を併せ持つ、実用性が追求されたずっしりと重い陣羽織。
陣羽織は高位の武将が戦場において甲冑の上に着用し、自らの武威を示すことで自身の存在を際立たせ、敵兵の戦意を挫く一方、自軍の兵卒の士気を鼓舞するという重要な役割を担った戦装束。陣羽織が全盛を誇った桃山時代の代表的陣羽織には、織田信長の黒鳥毛揚羽蝶模様陣羽織や豊臣秀吉の富士御神火文黒黄羅紗陣羽織、伊達政宗の五色水玉模様陣羽織などがあり、各武将が独創性溢れる様々な陣羽織を着用して戦に臨んだのであった。

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450,000

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鉄地黒漆塗六枚張椎実形兜

no sign

 関ケ原合戦図屏風には、変り兜を着用して戦場を駆け回り、功名を求めて戦働きする武士の姿が克明に描かれている。本作は、この関ケ原合戦以前に製作されたとみられる椎実形兜である。裾板を湾曲させた日根野錣の裾板に革覆輪を施す手法は桃山期に流行したもので、数々の合戦図屏風にも同種の錣を持つ兜が描かれている。矧ぎ板は前正中より順次後正中へと矧ぎ合わされ、筋兜にあるような天辺の穴は実用上の理由により設けず、逆に、板を頭頂部の一点で矧ぎ合わせる高い技術が採られている。吹き返しは頗る小形で腕を振り上げる際の障りをなくしている。前立は真鍮地打ち出しになる、丸に梅鉢紋を備えている。

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450,000

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丸に三つ割木瓜紋陣羽織

Jinbaori

緋色に三つ割木瓜紋を配した陣羽織。紅白の華やかな色彩の対比がいかにも武家の装束らしく威風堂々として好ましい。

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330,000

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双牛透図鐔 無銘 雲州春田

Unshu Haruta

 甲冑師の流れを汲む春田(派の毎幹(つねまさ)と鑑せられる頑強な造り込みの鐔。折り返し鍛錬した質の良い鋼を肉高く彫り出し、量感豊かな牛を巴状に構成している。この図は古くからあり、古記内も題を得ている。鉄色黒々としており、焼手を施したものであろう、層状の鍛え肌が随所に現れて力強さが魅力となっている。

保存

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車透図鐔 無銘 大野

Ono

 色合い黒く肉厚く仕立てられた尾張鐔の特徴を示す作で、大野と極められている。簡潔な車透は印象深く、切羽台が比較的大きいところが見どころ。
 大野は尾張鐔の文化圏。武骨さ素朴さは金山以上であり、時に金山に紛れる作がある。

特別保存

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帰雁図鐔 銘 玉心斎正蔭作

Masakage

 正蔭は清麿の高弟鈴木正雄、後に水心子正次にも学んだ幕末の刀工。同時代の刀工では信家鐔を写したものが多く、本作のような金工のみが備える精巧で精密な高彫象嵌を駆使した絵画風の作品を遺している刀工は極めて少ない。

保存

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石橋図鐔 無銘 鏡師

Kagamishi

 鏡師鐔は、古鏡と同様に鋳型で形成するという特殊な技術による。
 石橋は謡曲にも採られている古典で、牡丹と獅子に端に見立てた土手耳の組み合わせが優雅。地面にさりげなく配されている四ツ目菱は所持者の家紋であろうか。

保存

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葡萄図鐔 無銘 古金工

Kokinko

 桃山時代の埋忠明寿は、布目象嵌や平象嵌を駆使し、艶やかな題材に墨絵風の技法を用い、琳派にも通じる美観の鐔を手掛けている。このたわわに実る葡萄に題を得た鐔は、名もなき古金工の手になるものだが、黒味の強い山銅地に色金を活かした毛彫金色絵に、埋忠派にも通じる素銅と銀の平象嵌を加味した洒落た作。

特別保存

220,000

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山水図鐔 銘 井上正信作 東都不忍辺住

Masanobu

 長州鐔工が得意として製作した山水図鐔。漆黒の赤銅地を微細な石目地に仕上げ、鋤彫と高彫を組み合わせ、遠近感豊かに不忍池界隈の様子を彫り表している。
 長州鐔工は江戸の伊藤派に学んでおり、井上正信もその一人で、「東都不忍辺」と居住地が添銘された本作は、活動の足跡が窺い知れる貴重な資料となっている。

保存

300,000

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三投桐透図鐔 銘 行年八十二才忠重作 (赤坂)

Tadashige

 赤坂忠好は父忠重に次ぐ高い技量の工。それ故、父の晩年には代作代銘に携わっている。花桐を流れるような構成としたこの図は忠好が得意としたもので、風趣を違えた幾つかの作を遺している。高齢の父忠重に代って子の忠好が製作したものであることが切銘の特徴から知られる。

特別保存

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宇治川先陣図鐔 銘 落葉美道造

Yoshimichi

 美道は、和漢の古典文学や歴史人物に題を得て写実的に描写する作風を得意とした水戸の金工。この鐔は、京の木曽義仲攻略を命じられた義経軍の、佐々木高綱と梶原景季による先陣争いの場面。橋板を落とされた宇治川を背景に、高綱と、その横をすり抜けて乗り出した景季を活写している。

特別保存

500,000

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源氏物語胡蝶図目貫 無銘 大月派

Otsuki school

 『源氏物語』に取材した目貫。京に栄えた大月派は、同地において育まれた伝統や文化を投影した作品を遺している。

保存

200,000

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餅に鼠図二所 銘 程乗作 光孝(花押)

Teijo

 後藤宗家九代程乗の作であることを、同十三代光孝が極めた、餅とこれを狙う鼠を彫り描いた二所。
 程乗は顕乗の嫡子で加賀前田家にも出仕して加賀金工発展の基礎を成した名工。
 餅は米と同じ豊穣の意味を持ち、鼠は大黒天の使いで、世の安定と豊かさを寓意している。
 通常見ることのできない裏板は金で装い、表の落ち着いた雰囲気とは異なる贅沢な造りとしている。

特別保存

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四君子図大小鐔 銘 伯應 花押 [後藤一乗]

Hakuo

 四君子とは、早春の野をひそやかに彩る蘭、夏には勢いよく成長し、冬には重い雪にも耐えて青々と茂る竹、秋野を彩ってしかも薬種として価値の高い菊、真冬にも真冬にもかかわらず気高い香りを放つ梅。この四つの植物を君子に擬え、理想としたもの。
幕末三名工の筆頭に数えられる後藤一乗は、京後藤七郎兵衛家四代目重乗の次男。九歳で同じ京後藤八郎兵衛家五代目謙乗の養子となり、文化二年に六代目を継いでいる。七年に光格天皇の装剣金具を製作した功績によって法橋に叙され、これを機に入道して一乗の号を用いている。伯應の号銘は還暦を迎えてからのもので、後藤家の伝統的な赤銅地とは異なる鉄地の作品に刻している。

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参考品

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一藤巴紋蒔絵刀筒

Katana-zutsu (Sword case), no sign

 刀筒は、参勤交代などの大名行列において藩主の名刀を運ぶために用いられた保存運搬具。刀の格に応じて、しかも御家が明確にわかるよう家紋などの華やかな装飾が施されたものが多い。
 本作は、薄く仕立てた木地に漆を掛け、表面を茶潤塗に仕上げ、全面に十三の一ツ藤巴の家紋を、金粉に銀粉を加えることによりグラデーションを付けた盛上蒔絵。

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250,000

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達者立像 銘 乙柳軒政随

Masayuki

 江戸の装剣小道具の表現は、土屋安親、奈良利壽、杉浦乗意の三名工に浜野政随を加えた四天王と呼ばれる奈良派の町彫金工によって大きく開花した。殊に政随は奈良派の伝統的作風を継承して躍動感に溢れた人物描写を得意としたのみならず、画題の幅を広げることによって奈良派独特の絵画的表現に物語性を加味した新趣の作風を追求して人気が高まり、多くの門人を育成して栄えたのみならず、後の装身具など飾り金具へと技術的発展をも後押しした職人であり芸術家であった。
 政随は浜野太郎兵衛と称し元禄九年の生まれ。奈良利壽に師事して独立し、職人が軒を連ねる神田竪大工町に細工場を開いた。安親と同様に様々な分野に興味を持ち、知識旺盛で学ぶことを疎かにせず、新たな題材への追求も一様ではなかった。その評判を聞いて門を叩いた若手の職人も多く、門下から兼随、知随、矩随、政信、興成など多数の名工が巣立っている。

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竜田川蒔絵刀掛

no sign

 ちはやぶる神世も聞かず竜田川 からくれなゐに水くくるとは(在原業平)
 業平は『古今和歌集』で、業平が清和天皇の女御であった高子を訪ねた際、高子が用いていた竜田川屏風を見る機会があり、これを題材に詠んだものであるとしている。即ち、業平の和歌以前にすでに竜田川が歌枕として知られていただけでなく、絵画の題材としても好まれていたと考えられる。この刀掛は、我が国の伝統とも言うべき自然観によって真正面から対象に迫った作。造り込みは大振りの仕立てからなるものの安定感があり、上部の持ち手もバランス良く、表裏同形の四本掛け。描法は、黒漆に金粉を叢梨子地に塗り施して文様の背景とし、流れ下る竜田川は銀粉と金粉蒔絵、色付いた楓は金粉と朱粉の蒔絵に繊細な付描。

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葡萄文螺鈿靭

no sign

 狂言に『靱猿』があるように、古くから動物の革を材料とした靱は、軽くて丈夫なことから重宝されていた。靱は矢を収める収納具の一つで矢筒とも呼ばれ、江戸時代には大名行列を彩る格式の高い武具として用いられている。この靱は、総体を厚手の革地に黒漆を塗り施して堅牢さを高めた造り込み。鮮やかな虹色に輝く青貝をふんだんに用い、葉を茂らせ、たわわに実る葡萄を全面に描き表した作。蔓を四方に延ばす葡萄は唐草文と同様に永遠の生命を意味し、甘い果汁を宿す実も滋養のため、あるいは薬とされていた。螺鈿の剥落がなく、これほど健全に保存された靭は極めて稀である。

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