銀座名刀ギャラリー

館蔵品鑑賞ガイド〔274〕

二疋猪図目貫 無銘 後藤宗乗

室町時代 山城国京都

赤銅地容彫金色絵
表30.2ミリ 裏31.3ミリ
附 後藤光孝折紙 鴻池家伝来

 今も昔も、猪と人間とは自然の恵みを間にする闘いが続いている。殊に冷害や旱魃が起きた年の脅威は計り知れず、自然は容赦なく人間はもちろん猪や鹿、猿、熊など野生の動物の命を奪うこともあった。彼らは野山の木の実を食い、木の根や皮を食い荒らすも足りず、里に降りて田畑を荒らす。被害から農作物を守るために農民は罠を仕掛けたり鉄砲で仕留めた。最近でも山で猪に襲われたり、街中で猪に突かれて怪我をしたというニュースも耳にする。 


 一方、猪は多産であることから、豊かさと子孫繁栄を暗示する動物として、武家や商人から尊ばれている。古くは縄文時代の土偶にも関わりのある猪形土製品が青森県弘前市十腰内から出土しており、また、古墳時代の埴輪にも猪を表現したものが多数見つかっている。特に縄文時代の土偶は、一般に出産に関わる安産の願いなど自然神への祈りを形としたものとも考えられていることから、十腰内で出土した猪形土製品も、その多産の性質から崇められていたものとも思われる。 


 猪に対する畏敬の念は古代中国においても存在しており、独特の風習が形を変え、我が国の宮中の亥の子の行事として受け継がれているのは興味深い。旧暦十月は十二支の亥の月に当たる。この亥月、亥の日、亥の刻に、特別に搗いた亥の子餅を食して無病を祈ったことがその一例。季節は稔りの秋、自然の脅威を受けることなく無事に収穫となった、恵みをもたらした天への感謝の意味があった。

 
 現在でも亥の子餅の風習が残されている地方があり、また、亥の子餅を提供する和菓子屋もある。おそらく今の亥の子餅は古代のそれと遠く離れた形や風味ではないだろう。亥の子、即ちウリボウと呼ばれる子猪のような形と色合いで、餅の中には豆や胡麻などを搗き込んでいる、素朴な風合いの餅が多いようだ。古の文化や季節の風物を思い浮かべる素材となろうか。 


 さて、猪に跨る三面六臂の摩利支天は、武士に崇められた古代インドに遡る神。速やかなる動きと勇猛さが猪に擬えられたものと考えられ、画題として装剣小道具に採られた例もある。 


 特に猪には猪突猛進と表現される性質があるため、巻狩りの対象とされた動物でもある。装剣小道具の題として採られるのは、建久四年五月に富士山の裾野で源頼朝が行った巻狩り。この巻狩りは、頼朝の権力誇示と、武門の軍事演習が主目的であったが、さらに頼朝の嫡子頼家が鹿を射止め、次代を担う存在感を強くアピールできたことも大きな収穫であったという。また巻狩りの行われた夜に曽我兄弟による仇討事件が起こり、これも画題として良く知られている。そして、仁田四郎忠常による猪退治も忘れることのできない巻狩りでの出来事となっている。 


 巻狩りの最中、頼朝の面前に大猪が飛び出したため、近くにいた忠常が果敢にも猪の背に逆向きに跨り、荒れ狂う猪を短刀で見事に仕留めた事件。単に猪を捕えただけでは事件とは言えないのだが、忠常が手を掛けた大猪は、実は山の神であったため、忠常は後に北条氏によって謀られ、没したというもの。摩利支天信仰とは直接結びつかないが、我が国に古くからある山岳信仰と深い関連性を持ち、猪が神格化されていたようで、中世の武家の時代ならではの伝説の要因となったようだ。 
 

 表題の二疋猪図目貫は後藤宗乗の作。後藤家に間々みられる、動物や霊獣が二疋で競い合うように並んで走る躍動感のある伝統的図柄。陰陽、阿吽、対比の構成とされている。 



 祐乗に始まる後藤家は将軍家に仕え、その腰にする刀や脇差に装着する目貫、小柄、笄の三所物を製作するを専らとした金工芸術家の名流。末は幕末の十七代まで家彫の呼称を以てその任を全うしている。宗家二代宗乗は、初代祐乗の子で長享元年の生まれ。俗名を二郎、諱は武光、四十歳で入道し宗乗と名乗った。初代の創始した風格のある龍神や獅子などの霊獣図を受け継ぐと共に、新たな図柄を創案して画題や風合いに幅を持たせ、古金工にある古典的文様とは自ずと異なる格式の高い後藤の作風を定着させた名工の一人である。 



 この目貫も、下地はしっかりとした肉取りの赤銅地を用いて打ち出し強くふっくらとした身体を彫り出し、際端を絞ることによってさらに立体感を高めている点は室町時代の特徴。猪の体毛は毛彫で流れるように施し、骨太でむっくりとした身体に比して意外にも優しい目が印象的。上を向いた牙、鼻先、大地を蹴る四肢と爪、その腰の量感、総てに風格があり、後藤ならではの世界観が示されている。製作が室町時代中期に遡る作でありながら、四百五十年の歳月に耐えて伝え遺された名品である。大名など高位の武家の、腰の備えとして欠くことのできない装具の一つであるだけでなく、芸術を超える武家の意識さえ垣間見える作品となっている。

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