銀座名刀ギャラリー

館蔵品鑑賞ガイド〔273〕

親子猪図鐔 銘 安親

江戸時代中期 出羽国庄内ー武蔵国江戸

鉄地八角形高彫象嵌
縦90ミリ 横88ミリ
​切羽台厚さ4.5ミリ

 多彩な図柄を遺している土屋安親には、また、異色の造り込みからなる作品がある。松平頼貞に仕えていた時代の製作になる、大学形と呼ばれる横二ツ木瓜の下方をわずかに削いで拵を床に置く際の安定を求めた特殊な造り込みの鐔や、八角形鐔、屋根形の縁などがその例である。

 八角形の鐔は、頼貞に仕えていた頃と、その後の壮年期の製作で、重美に指定されている水龍図鐔、蟻通し宮図鐔、そして本作の三点のみ。水龍図鐔は天地を揺るがす存在として、あるいは大宇宙を暗示させたものであろう、八角形の隅を鋭く仕立てている。これらの作品は決して奇抜というわけではないが、見る者の目を意識した、安親の創造意識が濃密に漂う出来となっている。

 安親は寛文十年出羽国鶴ヶ岡の生まれ。藩士土屋忠左衛門の子で、長じて家老松平内膳に仕える傍ら、正阿弥派の流れを汲み江戸の奈良派に学んだ佐藤珍久から金工の手ほどきを受けた。天性の才覚と弛まぬ努力によって腕を上げ、師の娘を妻にし、子供にも恵まれた。ところが、自らの技術が高まるにつれ、江戸で認められたい、との想いを募らせるようになっていった。

辞職の願いは容易に許されるものではなく、妻子を鶴ヶ岡に残して漸く旅立つことができたのは三十四歳。この別離は、安親により強い親子の愛情を根付かせる要因となった。

 師珍久も学んだ奈良派の門を叩いて江戸の技術を享受し、神田という町人の街で人間そのものと芸術的感性を学んだ安親であったが、容易には知名度も上がらず、収入も定まらないことから妻子を江戸に呼び寄せることもできず、郷里に残したまま十年ほどの年月が過ぎていった。この間、金工の先達や絵師を頼って人間関係を広めていったものであろう、信濃国諏訪に滞在したことが知られている。その後の守山藩主松平頼貞との出会いが転機となり、正徳二年には金工として頼貞に抱えられることとなった。だが時遅く、これまでの苦労に報いようにも、妻は先立っていた。

 出羽国鶴ヶ岡から江戸に出て十数年。頼貞好みの豪快な作品を生み出したことから知名度も人気も一気に高まる。安親は、視覚で捉え肌で感じた江戸の活力を、あるいは書物から得た知識総てを作品に向かうエネルギーとした。だが、知名度が上がると共に新たな作品を創出しなければならなくなる。作家として乗り越えなければならない高い壁に真正面から向き合い、常にそれを越える研究を惜しむことなく、同時に多彩な事物に興味を抱いて作品へと昇華させた。

 庄内金工時代の雨に黄金虫図(弥五八銘)、江戸に出てきた頃の奈良風山水図、壽老人図、片切彫による三福神図、同じく片切彫の雲龍図、西行図、干支に兎図、守山頼貞お抱えの頃の八角形水龍図、同大学形梅花散図、同活人剣殺人刀図、守山家を辞して以降の八角形蟻通宮図、そしてこの親子猪図、次いで竹林に鶏図、中国の故事に倣った虎渓三笑図、芦に雁図、鯉魚図、庄内鐔を想わせる月に兎図、木賊刈図、群千鳥図などの鐔を例として挙げてもきりがない(注①)。それらの主題は、自然風景、理想郷の山水風再現、歴史と伝説上の人物、正月飾りなど生活や風俗に関するものと多岐に亘っており、安親の豊富な知識と創造力の奥深さには改めて驚かされよう。

 中でも動物を主題とした作品群は心地よい空気感を備えている。主題とされた諸動物に対する安親の穏やかで暖かい視線が、作品の背後に存在するからであろう。また、鯉魚図鐔であれば水を叩く尾鰭の力強さと鯉を包み込む水の量感、月に兎図鐔であれば静けさと優しい月の光、芦に雁図鐔であれば芦原の風に揺れる静かなざわめきと暮れ行く大空の様子、竹林に鶏図鐔であれば鄙びた竹林の香り等、自然の営みが窺いとれるのも特徴。

 さてこの鐔は、表に母子の猪が水場へと急ぐ様子を、裏面には夕日を受けながら伏す父猪を描いている。猪突猛進の語があるも、敵めがけてまっしぐらに突き進むそれではなく、父猪の許へとひた走る姿、そしてじっと彼らを待つ父猪の、自然の中での家族愛が漂う場面であり、ここに、安親自身が歩んできたこれまでの生き様が秘められているのではないだろうか。妻は先立ってしまったが、遠く離れ、長いあいだ待たせていた我が子を江戸に呼び寄せることができた喜び、そして共に仕事ができる環境にある喜び。自然の中に生きる猪の生態を捉えつつも、そこには安親の家族に対する優しい視線がある。即ち安親の人間性が伝わり来る作品となっている(注②)。

 鉄色黒く細やかに詰んだ槌目地仕上げによって質感に潤いが感じられ、穏やかな八角形も優しく、わずかに打ち返した耳の仕立てによって鐔という絵画を野山へと連続させている。背景の瀧、細波の立つ湖水、木々のひっそりと佇む様子、遠く雲間に夕日の沈んでゆく様子も情緒的。何より、伏猪と走る母子の、静と動に描き分けた猪の表情に生命感が溢れている。動物を題材にした安親の作品中では最高傑作である。

 

 

注①…宮崎富次郎著『安親』参照。

注②…『銀座情報』三八三号で紹介した木賊刈図鐔も、親子の愛情を表

現した作品である。

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