銀座名刀ギャラリー

館蔵品鑑賞ガイド〔272〕

枯木達磨図鐔 銘 山城国伏見住金家

桃山時代 山城国伏見住

鉄地泥障形高彫象嵌打返耳
縦84.1ミリ 耳際80.6ミリ
​切羽台厚さ1.8ミリ 耳際厚さ3.5ミリ

 達磨大師による実践的仏教の一つである禅の教えは、我が国においては鎌倉時代の武家による政治の隆盛と共に武家の思想として理解され、独自の文化として成長した。装剣小道具に描かれている達磨図の多くはその苦行の姿である。

 達磨大師図を彫り描いた鐔工の嚆矢が金家であることは誰もが認めるところ。また、金家の達磨図に関しての研究や解説も古くから積み重ねられており、複数の達磨図鐔が採り上げられている。

 それら作品群の中でも、重要文化財に指定されている達磨図鐔は、描かれている達磨の姿態や構図、細部の表情など表現力、地鉄そのものなどにおいて最も優れた作であることも、誰もが認めるところである。ただし、多くの金家作品について言えることだが、実作に手に取って子細に観察する機会がないことから、多くの研究家が先人の発表した写真資料のみを通して比較評論しているため、実は間違った判断が生じていると思われる部分も多々みられる。そこで今回、紹介する達磨図鐔を子細に観察し、考察してみよう。

 芸術作品の印刷物は、出版における撮影時のライティングによって印象が決定付けられてしまう。例えば金家の鐔ついて、過去の出版物の写真を通しての比較感想の中に、「堂々としている」は良いとして、「貧相である」「威厳がない」「目の表情が特に悪い」などの表現が出てくるのが、果たして実物の観察によるものであろうか疑問である。そこでこの鐔を、ライティングを変えて数十枚撮影してみた。Bの写真は、Aと同じ鐔の達磨像である。ライティングによって両者の印象が大きく異なることが理解できよう。

 この鐔は、わずか二ミリの鉄地を障泥形に造り込み、打返耳に仕立て、地面にまで鎚の痕跡を活かして深遠なる空域を表現し、達磨は同じ鉄地高彫塑像の象嵌、さらに耳輪を金象嵌、目を銀と金の象嵌、布教の最中に攻撃されて折られた歯(後述)を銀の象嵌としている。最も重要であるのは、この高彫された塑像が示す風合い、四百年を経て変質した銀象嵌の状態と作品から伝わり来る質感、即ちその見え方であると言えよう。

 上森岱乗氏は、『金家鐔に見る達磨の不思議(注①)』において金家の達磨図の解説をしている。その文中で、古くから描かれている多くの達磨図を分析し、装剣小道具に採られる達磨図として、半身達磨、面壁達磨、板歯達磨(欠歯達磨)などを挙げ、いずれも面壁九年の伝説を表現したものと捉え、殊に米野健一氏著『金家の神技(注②)』に掲載の達磨図鐔七点の内、二点について、「…上歯が四本銀象嵌されているが、これは板歯達磨の故事を知らない後世の人の作と鑑るべき…」と記している。その二点のうちの一つがここに紹介する作品である。

 上森氏の指摘にある達磨大師の故事通り、本作は南宋で受けた迫害によって歯を失った後の姿を主題としたものであり、残された二本(四本ではない)の前歯で堅く噛みしめる下唇、前方をきりっと見据えた目の黒化した銀の中央に光る金の目玉が印象的。その厳しい表情には先人の評論とはほど遠い精神性が窺いとれる。

 

 このような評価が生まれた理由は明らかで、銀象嵌が黒化し、さらに周囲の鉄地をも錆化させ、銀黒の滲みが前歯の数を見誤らせてしまったもの。また、丁寧な錆の除去が為されずに鑑賞したこと。即ち、写真技術の低い時代の出版物のみに頼った観察が大きな要因と言えよう。

改めて本作を掌上で観察すれば、鍛えられた重厚な鉄肌のみが持つ質感が指先に伝わり来る。カランと乾いた響音も古甲冑師に通じる特徴。微妙に角度を変えただけで達磨の表情が変化し、枯木も灯明によって強く認識されたり自然に背景に溶け込んだりと妙趣が感じられる。裏面は多宝塔の遠景と川下りの小舟で、これも金家らしい京近郊の風景図。前歯の上にわずかに見える銀の小さな筋は、周囲の鉄が錆化して嵌入した銀の歯が脱落するのを防ぐため、二本の歯を一体構造として嵌め込んだ基礎部分である。『金家の神技』の著者も本作の達磨の歯について「前歯は二枚である。写真だけで見ると四枚のように見えるが、銀錆が地鉄の方に横まで広がっているためである」とのみ記しておられ、銀の一体構造であることに気付かれていないようである。また、重要文化財指定の達磨の歯の上部にも鼻髭のように見える同様の銀金具が施されており、金家の周到さがここでも知ることができる。

 上森氏は、二本だけしかない前歯で唇を咬む達磨図として、山梨県塩山市向獄寺伝来の国宝『達磨』図(鎌倉時代)、石川県七尾市龍門寺所蔵『達磨』図(県重要文化財)などを挙げ、異例が極めて少ないことを示し、このような故事を知り得て作品とした金家の教養の深さを記している。

 装剣小道具類、中でも特に鉄地の鐔は、写真だけでなく掌上にて、しかも鑑賞のための灯明を的確な方向から当てて鑑賞するものであることが痛感させられる。鑑賞者側の姿勢が問われているのであろう、確かな観察は、金家が心血を注いで製作した作品に対する礼儀なのかもしれない。

 

 

注①…『刀剣美術』昭和五十三年二月号掲載。

注②…昭和五十一年発行。後の平成三年には『鐔聖金家』を発行している。

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