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2022年8月27日 4:37:58

Fukami
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第一回 日本刀の鑑賞ポイントを美しい写真で紹介

(関連リンク)

刀 銘 長曽祢興里入道乕徹 (最上大業物)

【日本刀のコラム】

 日本刀の魅力をご紹介することを目的としたコラムを始めることになりました。刀に深く興味を抱いておられる方はもちろん、歴史は好きだけれど、余り興味はないよといわれる方にも、実は面白い要素が充満している武具であることを理解していただけるよう努めてまいります。
有名工による名物、有名武将が用いた伝来物など、歴史上に登場する作品は博物館や美術館で見ることができますがそれはガラス越し、日本刀は出来る限り手にとって鑑賞したいもの。Web上ではそれができないところが歯がゆいのですが、出来る限り広い範囲に亘り、今回の誰もが知っている虎徹のような超有名刀工に限らず、知名度の低い刀工の作品にも楽しめる要素があることを、拡大写真を用いてご紹介してまいります。

天使顔
天使顔

【長曽祢虎徹入道興里】

 誰もが良く知っている長曽祢虎徹興里の作例からご紹介しましょう。その刀と脇差です。
虎徹は越前福井の甲冑師の出で、五十歳にして江戸に出てきて刀工に転じたと伝えられています。

鉄を鍛えることに関しては探究心が強かったのでしょう、均質な地鉄鍛えに明るい匂(におい:刃文を構成している霧のような部分)と綺麗に揃った沸(刃文を構成している粒状に見える部分)の複合になる刃文を焼き、

鎌倉時代から南北朝時代に活躍した正宗や郷の再来と評価されたのですが、美しい地鉄や刃文の再現に留まらず、試断により切れ味を高める技術をも研究し、後に最上大業物作者(山田朝右衛門などがまとめた切れ味評価の一つで最高ランク)に指定されていること、

また、新撰組の近藤勇が所持したと伝えられていることでも有名です。

天使顔
天使顔

【虎徹の活躍期】

 虎徹は、寛文新刀期の代表工として知られています。
寛文年間は西暦1661年から1673年ですので、およそ350年くらい前に活躍した刀工です。

寛文元年は島原の乱(寛永15年)の23年後ですので、
20歳で島原の乱に参戦した武士は43才であり、
平均寿命の短い当時では、実戦経験緒ある武士は左程多くはなかったであろうと推定されます。

天使顔
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【虎徹の姿形】

虎徹の活躍した時代の武士は、島原の乱を経験した世代の武士の子、或いは孫世代の侍達でした。
実戦経験のない彼らは、主に道場で剣術の修練を行っていました。

虎徹の刀が反りの浅い姿をしているのは、竹刀を使い慣れた当時の武士が突き技を好んで用いたため、突き技を繰り出すのに都合の良い姿の刀を好み、この需(もとめ)に応じて虎徹が作刀したためと考えられています。

天使顔
天使顔

【沖田総司の三段突き】

 天然理心流の達人として知られる沖田総司が三段突きを得意としていたのは良く知られています。
突き技は屋内など狭い場所でも繰り出すのが容易であったため、沖田総司は突きを使用する機会が多かったのでしょう。

近藤勇が虎徹を佩刀としていたのも、この突きを繰り出すのに適した姿を虎徹が持っていたためでしょう。

天使顔
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【凄まじい切れ味】

 虎徹の名声は、その凄まじいまでの切れ味に負うところが大きいと考えられます。
幕末の剣豪、山岡鉄舟は「寛文五年十二月廿一日 参ツ胴切落 山野勘十郎久英(花押)」と
金象嵌のある虎徹(山岡虎徹)を所持していました。

三人分の胴体を一刀両断しただけでも驚きですが、
寛文五年二月に四ツ胴を落としたと金象嵌ある一刀があります。
武士の切れ味に対する信頼が虎徹の評価を高めたのは間違いないでしょう。

天使顔
天使顔

日本刀専門店 銀座長州屋

​Ginza Choshuya co&ltd

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