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幕末の名工 左行秀
刀 銘 於江府左行秀造之 慶應二年二月吉日

嘉永年間
刀工左行秀 相州伝の作風樹立 才能は大きく花咲く
丁子乱刃を焼く一刀鍛冶から沸深い相州伝の名手として変貌を遂げる。

のちの左行秀、豊永久兵衛が土佐藩に迎えられたのが弘化二年(1845年)。
当時の土佐藩工関田勝廣の後押しを受け、土佐での安定した生活基盤を手に入れた行秀は、
より一層刀作りに邁進していく。
江戸での修業で培った土壌に安定した環境が融合し、新々刀屈指の名工 左行秀が誕生する。

【幕末の名工左行秀】 後編は、時代ごとの行秀の作品を採り上げながら、作風の変遷を解説していくと共に、従来の行秀研究では語られることの無かった行秀の前半生、天保年間の江戸修業期、殊に清水久義との師弟関係と作風についても考察をめぐらせてみました。


#85 【名工左行秀の光と闇】
 https://youtu.be/34YC4aESs9g
#66【江とオバケは見たことがない 江と則重】
https://youtu.be/niZ2tHMXXuA

《左行秀略歴》
文化十(1813) 筑前国朝倉星丸にて生誕
天保二(1831) この頃江戸に出府か?(18歳)
 天保十一 「刀 銘 筑前住豊永行秀 天保十一年子秋」
 天保十二 「刀 銘 古田中元壽 應命江府錬之筑州住豊永行秀 天保十二年五月日」
 天保十三 「刀 銘 於東武豊永行秀作之 天保十三年八月日」
弘化二(1845)土佐に移住
弘化四(1847)土佐水通町の関田勝廣邸に寄寓
嘉永元(1848)この頃より相州伝の作風確立。最初の打ち盛りを迎える
嘉永四(1851)『新刀銘集録』に寄稿
嘉永六(1853)山内容堂公の参勤交代に従い江戸へ。深川砂村の土佐藩邸に居住。
安政二(1855)土佐藩抱え工に
慶応三(1867)3月板垣退助と対立→水戸浪士隠匿事件へ(動画#85参照)
同      9月土佐へ帰る
明治三(1870)豊永東虎銘での最後年紀の作品が確認できる
(この年より段階的に廃刀令が開始される。正式な交付は明治九年)
明治二十(1887)死去(75歳)

解説 深海信彦
アシスタント 今津
編集 今津 寺尾
撮影・音声 一木
監修 高橋 浄久

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