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千里眼-刀
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「業物位列」は、須藤五太夫睦済(すどうごだゆうむつずみ)と山田朝右衛門吉睦(よしむつ)が行った試し斬りを拠り所に、柘植方理平助が刀の斬れ味の良否を位付けした切れ味の評定位列。
評定として「最上大業物:さいじょうおおわざもの」「大業物:おおわざもの」「良業物:よきわざもの」「業物:わざもの」の四つの位列がある。

大業物

Copy right Ginza Choshuya
Production work Tomoriki Imazu

日本刀販売専門店 銀座長州屋

​価額未表記は売約済または価額応相談のものです
1519

銘 肥前国住近江大掾藤原忠広(大業物)

Tadahiro (Omi daijo)

銘 肥前国住近江大掾藤原忠広(大業物)

大業物

 忠広は初代忠吉の子で慶長十九年の生まれ。初代忠吉が追求した鎌倉時代の山城来国俊や国光などの作風を再現するべく良く詰んだ小板目鍛えを受け継いで小糠肌とも呼ばれる独特の肥前肌を完成させ、綺麗に揃った沸の帯状からなる直刃を焼くを得意とした。乱刃としては、志津写しの湾れ互の目、焼頭が揃って足が長く入る互の目丁子、二つずつ連れた互の目に葉の入る虻ノ目刃、逆がかった互の目丁子なども焼いている。
1217

銘 肥前国住近江大掾藤原忠広(大業物)

Tadahiro (Omi daijo)

銘 肥前国住近江大掾藤原忠広(大業物)

大業物

 近江大掾忠広は五字忠吉こと肥前国忠吉初代(武蔵大掾忠広)の子。寛永九年に十九才で家督を継ぎ、佐賀藩主鍋島侯に仕えた。近江大掾の受領は寛永十八年七月二十二日。受領の前、そして受領した後間もない若い頃には、忠吉家の次代を担うべく想いを込めたものであろう、豊かな感性に努力が積み重ねられて溌剌とした作が多い。
1405

銘 肥前国住藤原忠広(二代)(大業物)

Tadahiro (The 2nd)

銘 肥前国住藤原忠広(二代)(大業物)

大業物

 寛永九年に父を喪い、19歳で二代目を襲名した忠広は古参の門弟達に鍛えられ、また才能豊かな従兄弟の左伝次(河内大掾正広)と競って技術を磨き、寛永十八年七月二十二日に近江大掾を受領した。直刃を得意とし、丁子刃も能くした忠広二代の、殊に受領前の作は、乱れが大きく沸強く、金線と砂流しが目立つ覇気のある作が多い。
608

銘 肥前国忠広(二代)(大業物)

Tadahiro(the 2nd)

銘 肥前国忠広(二代)(大業物)

大業物

 肥前国忠吉の嫡子忠広は並みならぬ感性に加え、忠吉家の未来を背負う立場として幼い頃から修業を積んで技量優れ、早くから高い評価を得ていた。父の晩年は代作代銘を勤め、その没後は家督を継いで十九歳で棟梁となり、寛永十八年に近江大掾を受領している。肥前刀を幕閣や親しい大名への贈品とした藩主鍋島侯の需に応えて鎚を振るい、優品の数々を打った。
722

折返銘 高天神(兼明)

Takatenjin (Kaneaki)

折返銘 高天神(兼明)

大業物

 高天神兼明は本国美濃で高天神城下に居住した刀工。激烈な戦いと武将の生死を目の当たりにして鍛刀した故か、遺作には戦国気質が充満し、しかも現存作は稀で、愛刀家の声望が殊に高い。
 本作も磨り上げたものの「高天神」の銘字が失われるのを惜しんで折返銘とされており、今なお身幅重ね充分で殆ど無反り、腰樋が掻かれて刺突と截断と両方に利のある戦国武将好みの一振。
378

銘 高天神 金粉銘 兼明

Takatenjin(Kinpun mei Kaneaki)

銘 高天神 金粉銘 兼明

大業物

 高天神城は戦国武将今川氏親が重臣松井宗能に築かせた遠江国南端の山城。「高天神を制する者は遠江を制する」と云われた戦略の要衝で、桶狭間で義元が没した後、城を巡り徳川と武田による激しい争奪戦が展開されたことで良く知られている。この城下に来住した高天神兼明は刃味と操作性に優れて武将の信頼厚く、古来人気が高く、それが故に激戦のうちに消費され、今日遺作を見る事は極めて尠ない。
1679

銘 坂倉言之進照包(大業物)

Terukane

銘 坂倉言之進照包(大業物)

大業物

 濤瀾乱刃(どうらんみだれば)の名手である坂倉言之進照包(さかくら ごんのしん てるかね)は、江戸前期の大坂刀工越後守包貞二代同人。津田助広を絶賛した鎌田魚妙は照包も同様に高く評価し「大龜文(みだれ)ハ津田助広より大模様にて花やかな事譬べき物なし 直刃のたれ何れも匂ひ深く 津田助広に見紛ふもの也 慶長以来華美なること此照包に及ぶ作有べからず」(『新刀辨疑』巻五)と述べた程。
1497

銘 坂倉言之進照包 延宝九年八月日(大業物)

Terukane

銘 坂倉言之進照包 延宝九年八月日(大業物)

大業物

坂倉言之進照包は越後守包貞(かねさだ)二代の後銘。江戸前期、大坂城の西側に広がる町には、大波を想わせる濤瀾乱刃を創始した越前守助広を筆頭に、井上真改、河内守国助、一竿子忠綱などが犇めき、刀史に残る数多の名刀を手掛けた。照包はその一翼を担った優工。助広と同じ常盤町に居住し、覇気ある地鉄に助広同然の見事な濤瀾乱刃を焼いて人気を博した。
1649

銘 康光 (大業物)

Yasumitsu

銘 康光 (大業物)

大業物

 康光は室町時代初期応永頃の備前の刀工。鎌倉時代の一文字や、長舩光忠、長光などを範に独創を加味し、直調の映りが奇麗な応永杢の地鉄に華やかな乱刃や端正な直刃出来の作を手掛け、盛光と共に応永備前を代表する刀工として史上にその名を遺している。
ローテーション鐔

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