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千里眼-刀
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「業物位列」は、須藤五太夫睦済(すどうごだゆうむつずみ)と山田朝右衛門吉睦(よしむつ)が行った試し斬りを拠り所に、柘植方理平助が刀の斬れ味の良否を位付けした切れ味の評定位列。
評定として「最上大業物:さいじょうおおわざもの」「大業物:おおわざもの」「良業物:よきわざもの」「業物:わざもの」の四つの位列がある。

大業物

Copy right Ginza Choshuya
Production work Tomoriki Imazu

日本刀販売専門店 銀座長州屋

​価額未表記は売約済または価額応相談のものです
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銘 肥前国住近江大掾藤原忠広

Tadahiro

銘 肥前国住近江大掾藤原忠広

大業物

 近江大掾忠広は肥前国佐賀藩鍋島侯のお抱え刀工で、新刀随一と謳われる肥前国忠吉を父とする。寛永九年に父を喪った時、十九歳ながら一門の棟梁の重責を担い、主君の厳しい注文に応えて鍛刀し、父譲りの技術に一段と磨きをかけ、小糠肌と呼ばれるきめ細やかな小板目肌に端正な直刃や華麗な丁子乱刃が冴えた名刀を手掛け、肥前刀の名声を盤石なものとしている。
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銘 肥前国住近江大掾藤原忠広(大業物)

Tadahiro

銘 肥前国住近江大掾藤原忠広(大業物)

大業物

 直刃の名手として遍く知られる近江大掾忠広は江戸期の肥前を代表する名流忠吉家の二代目。初代忠吉が追い求めた山城古作の再現を受け継ぎ、肥前刀の特質でもある地沸が微塵に付く美しい小糠肌を完成させた。美しさだけでなく斬れ味も大業物に列せられるほどに優れ、わが子三代目陸奥守忠吉な育て、肥前刀剣王国を世に知らしめた名匠である。
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銘 近江大掾藤原忠広(大業物)

Tadahiro

銘 近江大掾藤原忠広(大業物)

大業物

 肥前鍋島家の鍛冶、忠吉家の二代目近江大掾忠広が、我が子三代忠吉の協力を得て鍛え上げた覇気横溢の脇差。慶長十九年に生まれた忠広は、父の名跡を継いで以降元禄六年に八十歳で鎚を擱くまで、六十年以上の長きに亘って作刀活動を続け、肥前刀の特質でもある微塵に詰んだ小板目鍛えに細かな地沸が付いた小糠肌を基調とする、多くの名品を遺している。
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銘 近江大掾藤原忠広(大業物)

Tadahiro

銘 近江大掾藤原忠広(大業物)

大業物

 近江大掾忠広は初代忠吉の子で慶長十九年の生まれ。鍋島家に仕えて父と共に、時代に応じた精緻な地鉄とバランスの良い姿格好を研究、美しくしかも切れ味優れた数々の名刀を生み出した、江戸時代初期の肥前国だけでなく新刀期を代表する名工。
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銘 近江大掾藤原忠広

Tadahiro

銘 近江大掾藤原忠広

大業物

近江大掾忠広は江戸時代前期の肥前を代表する名工で忠吉初代の嫡子。慶長十九年(1614)に生まれ、寛永九年(1632)父の死により十九歳で家督を継ぐ。寛永十八年(1641)近江大掾を受領。家伝の直刃のほか、独特の肥前足長丁子を創始。元禄六年(1693)没。享年八十。
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銘 近江大掾藤原忠広(大業物)

Tadahiro

銘 近江大掾藤原忠広(大業物)

大業物

 近江大掾忠広は初代肥前国忠吉の塁を摩す活躍を見せた肥前刀黎明期の巨匠。微塵に詰み澄んだ地鉄に虻の目に似た連れた互の目を入れた得意の作風。匂口の光が強く、刃境には金線砂流しが無数に掛かっている。
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銘 肥前国住藤原忠広(最上大業物)

Tadahiro

銘 肥前国住藤原忠広(最上大業物)

大業物

 五字忠(ごじただ)と尊称され遍く知られる初代忠吉は、慶長元年に鍋島家の命で京の埋忠明壽に入門し、作刀技術を学ぶとともに古名作への見識を高め、後の山城伝、相州伝、大和伝の研究の礎とした。特筆すべきは、鍋島家が他国の要人等へ贈る刀を製作する際、特別な製作指示を受けていること。その場合、武蔵大掾の任官銘を刻すを憚り、「肥前國住藤原忠廣」とのみ切り施している。
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銘 近江大掾藤原忠広(大業物)

Tadahiro

銘 近江大掾藤原忠広(大業物)

大業物

 江戸時代前期。肥前国。近江大掾忠広は江戸時代前期を代表して遍く知られる肥前国の名匠。初代忠吉亡き後、鎖国政策による影響で日本刀の海外販路が閉ざされる苦境にあって、一門をよく統率して肥前刀発展の礎を築いた手腕は特筆に値する。刀身彫刻は吉長のものではないが、鑚冴えた倶利伽羅を刻した迫力の一振である。
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小刀 銘 近江大掾藤原忠広

Tadahiro

小刀 銘 近江大掾藤原忠広

大業物

 近江大掾忠広は肥前国鍋島家に仕えた忠吉家の二代目。寛永十八年には近江大掾を受領。その作品は、姿、地鉄、焼刃総てが美しいだけでなく大業物に列せられているように斬れ味にも優れており、父の作と共に鍋島家から他国大名家への贈刀とされたほどに高い信頼を受けていた。
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