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千里眼-刀
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「業物位列」は、須藤五太夫睦済(すどうごだゆうむつずみ)と山田朝右衛門吉睦(よしむつ)が行った試し斬りを拠り所に、柘植方理平助が刀の斬れ味の良否を位付けした切れ味の評定位列。
評定として「最上大業物:さいじょうおおわざもの」「大業物:おおわざもの」「良業物:よきわざもの」「業物:わざもの」の四つの位列がある。

大業物

Copy right Ginza Choshuya
Production work Tomoriki Imazu

日本刀販売専門店 銀座長州屋

​価額未表記は売約済または価額応相談のものです
1537

平造脇差 銘 肥後守国康(大業物)

Kuniyasu

平造脇差 銘 肥後守国康(大業物)

大業物

 肥後守国康は、堀川国広門に学んで京より大坂に移住した大坂新刀の開拓者初代河内守国助の三男。次第に高まる豪商の注文などで知られているように、商都大坂ならではの美麗に詰み澄んだ地鉄鍛えに構成美豊かな刃文からなる華麗な丁子出来の作風を得意とし、殊に拳形に連続する丁子乱の刃文は国助一門の特質として人気を集めた。しかも国康は刃味が鋭く、後に山田浅右衛門の試断により大業物作者に列せられており、華やかに堕すことなく、武門の信頼をも高めた刀工である。
1352

銘 肥後守国康(大業物)

Kuniyasu

銘 肥後守国康(大業物)

大業物

 肥後守国康は国助初代の三男で、名を小林源左衛門といい、丁子乱刃の名手で中河内の呼称のある国助二代の弟である。豪壮で力強い造り込みを得意とし、兄に匹敵する実力であった。国康について、鎌田魚妙は『新刀辨疑』で「地銕至て細に匂ひ深く、丁子刃の名人、中河内同様の作也」と絶賛している。
1069

銘 国安(大業物)

Kuniyasu

銘 国安(大業物)

大業物

 国安は堀川国広の末弟で、志津を想わせる大鋒の刀(重要文化財)、梵字彫のある片切刃造の刀等重美三振等の名品を遺しているように国広に匹敵する実力者であったが、なぜか受領せず遺作も少ない。専ら国広の作刀に協力していた為と推考される。
1252

銘 (一葉葵紋)主水正正清 享保九年二月(大業物)

Masakiyo

銘 (一葉葵紋)主水正正清 享保九年二月(大業物)

大業物

 主水正正清(もんどのかみまさきよ)の名を天下に轟かせたのは享保六年江戸御浜御殿での将軍御前打。将軍吉宗が、諸大名に領内の刀工の作を提出させて審査した結果傑作刀に選ばれ、江戸に上って吉宗の御前で精鍛したのである。その功績によって将軍より一葉葵紋を拝領し主水正を任官。更に享保九年には吉宗の命で刀を精鍛し、幕府に献上している。
1354

菖蒲造脇差 銘 備州長船盛光 応永十八年二月日(大業物)

Morimitsu

菖蒲造脇差 銘 備州長船盛光 応永十八年二月日(大業物)

大業物

室町初期応永頃の備前国を代表する長舩盛光は、長舩兼光の孫師光の子と伝えられている。現存最古とされる明徳五年三月日紀の太刀(第二十三回重要刀剣)は細身で小模様な刃を焼いた南北朝後期小反派の作風だが、その後盛光の刃文は焼の高い互の目丁子出来へと発展している。
1637

銘 備州長舩盛光  応永二十六年六月日(大業物)

Morimitsu

銘 備州長舩盛光  応永二十六年六月日(大業物)

大業物

 「応永備前」の尊称があり、高い人気を誇っている盛光の脇差。二つの皇統を押して争った時代を克服した京都の足利将軍と守護大名の治世という複雑な時代を生きた盛光は、先行する鎌倉時代の備前一文字や長舩長光、景光等の作風を範にしながらも独自の工夫を凝らし、杢肌が目立ち、しかも個性的な映りの立つ精良な地鉄に腰の開いた互の目乱刃や端正な直刃の冴えた、新たな作風を展開した。
23

備州長船盛光 応永二十七年八月日

Morimitsu

備州長船盛光 応永二十七年八月日

大業物

 「盛光」「備州長船盛光」「修理亮盛光」応永備前の代表工。倫光の子である師光の子またはその弟子と伝わる。明徳五年(A.D.1394)に小反風の太刀があるが、応永年間(A.D.1394-A.D.1428)に入ると、小反風は消え洗練味のある作風に転じる。応永杢と呼ばれる杢目交じりの板目肌に防映りが立つ。棒樋は丸止めとなるものが多い。
259

銘 備州長船盛光 応永二十年八月日(大業物)

Morimitsu

銘 備州長船盛光 応永二十年八月日(大業物)

大業物

 盛光は室町時代初期応永頃に活躍した備前長船派の名工。応永杢と呼ばれる独特の板目鍛えに棒映り、刃文は複式互の目とよばれる独特の作風は同時期の康光と並び称されて、応永備前の双璧と賞されている。
1410

銘 備州長船盛光 応永廿六年二月日(大業物)

Morimitsu

銘 備州長船盛光 応永廿六年二月日(大業物)

大業物

 盛光は室町時代初期、鹿苑寺金閣などに代表される北山文化華やかなりし頃に活躍した備前刀工。理想の武家政治再建の風に励まされ、鎌倉期の一文字や長舩長光などの名工を範に、清く澄んだ地鉄の直刃や乱刃の溌溂たる作を手掛け、今も「応永備前」と尊称され、愛刀家に珍重されている。
ローテーション鐔

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