新商品のご案内 太刀 銘 金毘羅大権現 應玉木喜友之需嘉永五年壬子九月十日 野州住細川義規作
- 4月18日
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太刀 銘 金毘羅大権現 應喜友之需嘉永五年壬子九月十日 野州住細川義規作
Tachi:
Signed .Konpira Daigongen Tamaki Yoshitomo no motome ni oji
Kaei 5 nen Mizunoe Ne 9 gatsu 10 ka Yasu ju Hosokawa YOSHINORI saku
二尺八寸を超える雄渾な太刀
細川義規は、大慶直胤と共に水心子正秀門の双璧を成した細川正義の甥。天保十七年に父民之助正平に就いて修業を開始し、同八年宇都宮藩工となる。遺作には鍛えの良い地鉄に備前伝丁子乱刃、端正な直刃を焼いた刀があり、森岡朝尊著『新刀銘集録』巻九でも「太刀姿反髙ク古備前之風有。地鉄ノキタイ細ニ丁子乱ヲ焼匂ヒ深ク上手ナリ」と高く評価されている。
間もなく公開

#95 最後の仇討ち(6)
短刀 銘 和泉守兼定(伝一ノ瀬切)
明治13年12月17日
臼井六郎、父亘理の仇敵一瀬直久を討つ
ここに仇討ちが成就する―。
19の歳に仇敵一瀬直久を追って上京し、苦節四年。
23歳となった六郎は、同郷人手塚祐より一瀬が栄転して甲府より東京へ戻ってきている事を知らされる。
はるばる甲府まで一瀬を追って幾度となく仇討ちの機会をうかがうも果たせず、今回こそ最後の機会と覚悟を新たに、一瀬が判事として勤める東京上等裁判所を朝に夕に見張り続ける日々。そして、とうとう《その日》が訪れた!
明治十三年12月17日
朝の見張りを終えた六郎は、ふと思い立ち、銀座三十間堀にある旧秋月藩主の黒田邸へと向かう。そこは旧秋月藩士たちが集い故郷を懐かしみ、同郷人同士の親交を温める場所になっているという。そして、その屋敷では六郎の親戚の鵜沼不見人が家令を勤めていた―。
急激に回り始めた運命の歯車。六郎の宿願が遂に成就される時が迫る。
《六郎のいちばん長い日 運命の明治13年12月17日》
どうぞお見逃しなく。
~~臼井六郎略歴~~
安政五(1858)
秋月藩中老臼井亘理の長男として誕生
慶應四(1868)1月鳥羽・伏見の戦い
慶応四(1868)5月23日※旧暦
父亘理とその妻清、秋月藩の保守派である干城隊士によって暗殺される。
慶應四(1868)9月8日※旧暦 明治に改元
明治六(1873)
「仇討ち禁止令」が出される。これにより私的な報復は認められなくなり犯罪となる。
明治九(1876)六郎上京(19歳)
同年10月 秋月の乱。12月 中心人物の今村百八郎ら斬首される。
この頃六郎山岡鉄舟に入門する。
明治十一(1878)
甲府支庁勤務の仇敵一瀬直久を追って甲府へ。その後何度か一瀬を狙って東京と甲府を
往復するもいずれも不首尾に終わる。
明治十三(1880)
同郷の手塚祐により一瀬が栄転して東京上等裁判所に勤務していることを知らされる。
同年12月17日
思い立って黒田邸を訪問。そこに現れた一瀬直久を短刀にて刺殺。仇討を成就させる。
その後外幸橋警察署に出頭。管轄外だったため改めて築地警察署に自首。
※年齢は数え年
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