紺色糸裾濃縅二枚胴具足 六十二間小星兜 銘 山城国藤原金久作

江戸時代初期山城国で活躍した金久の手になる、六十二間小星兜が附された二枚胴具足。戦国時代、西国では伝統の阿古陀形兜を基本として多く用いる一方、筋兜や小星兜は東国を中心として普及していた。東西における兜の様式の相違は、東国が都より遠く離れていたため、西国に比して政情不安の度合いが色濃く、早くから防具の改良がなされたことによるものと考えられている。この坂東様式ともいえる筋兜が西国に広まったきっかけは、豊臣秀吉による小田原征伐に他ならない。細く仕立てた接ぎ板に小星を打ち立てた精緻な六十二間小星兜を頭上に頂く坂東武者の雄姿と、敵の刃を一切寄せ付けない強靭な防御力を目の当たりにした西国の武将達は、こぞってこの新様式の小星兜を求めたのであった。

紺色糸裾濃縅二枚胴具足 六十二間小星兜 銘 山城国藤原金久作