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洛外三条大橋図縁頭 銘 一宮見龍子長義花押

 江戸日本橋を出発点とした東海道も大津から山科を経て東山の山襞を縫うように越えると終点の三条大橋は目前。五十三次の長い旅路も終わりである。この大津から京までの短い間には、歌枕に挙げられている逢坂山、謡曲関寺小町の関寺や蝉丸神社、涸れることのない清らかな水が迸ることで有名な湧水の走井などの名所があり、旅人の心を和ませていた。
 表題の縁頭はこのような街道の風景、行き交う人々の様子とその表情をスナップ写真のように切り取った作。縁には大きく三条大橋が図取りされ、肩が触れ合うように行き過ぎる町人の様子が濃密に描き表されている。縁の裏側には洛中洛外図屏風などにも散見される網を用いての鮎漁。橋上の町衆は川風を楽しんでいるのであろう。欄干に肘をかけてのんびりと川を眺めている。頭には馬上の旅人。東山を越えて林の木々の間に町並みがうかがえる辺りが背景であろう。
 この街道、殊に東山を越える辺りは古くから往来が激しく雨が降れば轍に水が溜まり通行不能となることも多かった。江戸時代中期に車石と呼ばれる石畳で舗装され、荷車の通行を容易にした。長義の没年は未詳だが、師である長常の活躍期から考察し、その生年中に舗装工事が行われたと推定され、あるいはこの出来事を作品に反映させたのかもしれない。

洛外三条大橋図縁頭 銘 一宮見龍子長義花押
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