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古銭散鐔 銘 文龍舎川秀興

 貨幣である「永楽通宝」を意匠として旗印に用いたのは織田信長。その真意は諸説あるが、信長が経済に重きを置いていたであろうことは想像に難くない。天下取りにも先立つものは金である。
 明からの渡来銭、「弘治通宝」、「大明通宝」、それよりさらに古い中国古代銭の「半両」、そして南無妙法蓮華経が刻された「題目銭」。(これは17世紀後半から三途の川の渡し賃として通常の貨幣と一緒に埋納されるようになったという。)大振りでゆったりとした趣の隅入り木瓜形は浅く耳を打ち返し、さりげない槌目で地に抑揚を付けている。散らし置かれた古銭は赤銅、真鍮、素銅の高彫象嵌。異風な形の小柄櫃からちらりと見える半両銭の素銅地が洒落ている。
 川原林秀興は、大月光興の門人。豪放磊落な人柄で、青年時代は俳諧の宗匠として活躍したという。その影響であろうか、作品には軽妙さや諧謔味を感じさせるものがある。

古銭散鐔 銘 文龍舎川秀興
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