銀座長州屋 最新入荷品 (メールマガジンご紹介商品)一覧

新商品のご案内 刀 生ぶ茎無銘 因州兼先

刀 生ぶ茎無銘 因州兼先 因幡国 江戸時代前期 寛文頃(約340年前) 因州兼先は江戸時代に美濃から因幡国鳥取に移住した一族で、因州池田家に仕えております。 この刀は無銘ながら生ぶ茎で、因州兼先一門の初代惣右衛門の孫にあたる寛文頃に活躍した兵右衛門兼先の作と見られます。 反り浅く身幅広く鎬筋張り、元先の幅差のある、時代を反映した洗練された刀姿に、焼の高い変化に富んだ丁子乱刃は、所々丸い房状の刃が連なり兼房乱れを想起させ、帽子は地蔵帽子風に返り、茎も細かな檜垣鑢と、美濃物の特色が随所に見て取れます。 無料メールマガジンのお申し込みはこちら。

新商品のご案内 脇差 銘 (葵紋)康継於越前(越前三代) 寛文八年十一月日

越前国 寛文八年(1668年), 三百五十一年前 脇差 銘 (葵紋)康継於越前作之(越前三代) 寛文八年十一月日 越前福井藩は家康の子結城秀康に始まる。家風は尚武の気が強く、大坂夏の陣では先駆を為し、真田幸村を討ち取っている。この越前武士の刀槍を鍛えた刀工の筆頭が康継(やすつぐ)。家康との所縁で幕府御用をも勤めた同家は、正保三年に二代康悦が嫡子市之丞を遺して急逝。若い甥を援けて御用を勤めたのが初代の三男市左衛門。。後に市之丞が江戸三代として自立する一方で、市左衛門は福井城下の屋敷と家禄を継承した。越前三代である。 無料メールマガジンのお申し込みはこちら。

新商品のご案内 脇差 銘 小林伊勢守國輝 延宝六年八月日(業物)

摂津国 延宝六年 三百四十一年前 脇差 銘 小林伊勢守國輝 延宝六年八月日(業物) 伊勢守國輝(くにてる)は河内守國助初代の四男で、隼之進と号す。寛文十一年伊勢大掾を受領し、翌十二年伊勢守に転任(『古今鍛冶備考』)。名工越前守助廣と交流して技術を高め、延宝六年頃、助廣と刃長一尺八寸一分の合作脇差を鍛造している。直刃、濤瀾風の乱刃のいずれも出来優れ、「真改助廣同等の名人也」(『新刀銘盡後集』)と評された名工である。 無料メールマガジンのお申し込みはこちら。

訂正致します。

昨日ご紹介致しました、黒漆塗青貝微塵散家紋蒔絵鞘短刀拵ですが、 家紋と目貫の図柄に誤りがございました。 商品ページ、およびこちらの記事には家紋と目貫の図柄を、「梶葉」としておりましたが、 正しくは「柏」でした。 家紋は丸に抱き柏紋、目貫は柏葉図目貫でございます。 間違った情報を公開してしまい、申し訳ございませんでした。 訂正致します。 柏葉でした・・・ これが梶葉紋です。(Wikipediaより)

新商品のご案内 黒漆塗青貝微塵散家紋蒔絵鞘短刀拵(刀身はありません)

黒漆塗青貝微塵散家紋蒔絵鞘短刀拵 三日後の七月七日は言わずと知れた「七夕」。 「星まつり」などとも言ったりします。 七夕に相応しい、銀河の星々を想わせる青貝微塵散が美しいお拵をご案内いたします。 漆黒の黒漆にちりばめられた螺鈿の煌きは、夜空に輝く星雲のよう。 深い漆黒に映える家紋の金蒔絵と、柄に据えられた銀目貫は、梶葉で統一されております。 刀身は入っておりませんが、中のつなぎの形状から、五寸強程度の端正な姿の短刀が収められていたと思われます。 無料メールマガジンのお申し込みはこちら。

新商品のご案内 短刀 銘 月山北寒河江谷地俊吉 大永二年二月吉日

出羽国 大永 四百九十七年前 二十八歳 短刀 銘 月山北寒河江谷地俊吉 大永二年二月吉日 黒漆泡文塗鞘小さ刀拵入 天照大神の弟月読命を祀る月山は、湯殿山・羽黒山と共に出羽三山として崇拝され、修験者も往還した霊山。冠雪した美しい山並みを臨む麓の地、寒河江(さがえ)郷谷地(やち)には「月山」を冠する刀工が、鎌倉時代の古月山以来の綾杉鍛えの伝統を堅持し、南北朝、室町時代と鞴に風を送り続けた。 身幅広く、僅かに内に反ってふくら枯れごころの鋭利な姿。 古風な綾杉鍛えの地鉄は肌目が鮮やかに起ち、粒立った地沸が付いて棟際に映りが現れた濃淡変化のある肌合。 無料メールマガジンのお申し込みはこちら。

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