金工三十七景
はじめに


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はじめに

 刀剣の外装を彩る鐔や目貫、小柄、笄、縁頭、あるいは揃金具等の金工作品は、これらが実用に供されていた頃から既に外装の構成要素としての発生の原点を超え、独立した美術品として賞翫されてきた経緯があり、今日においても、これらの名作は刀剣とは別個の鑑賞領域が確立され、その優れた美術精を高く評価する人は多い。
 本書においても、これらの金工作品が我々日本人特有の美意識と繊細な感性によって芸術的達成が示された、武家好みを反映する江戸時代の代表的美術品であるという観点に立ち、これらの名作を皆様と共に眺め味わって、その醍醐味を堪能し、単に精巧細密な彫金技法や絵画的な色彩の美しさを鑑賞するのみではなく、そこに描かれた画題から表出される作者の思想や感情、さらにはこれを期待し、受容したその時々の思想や美意識までも窺い知ろうとするものである。
 しかし、高邁な芸術理想を内包するこれら名匠の作品の精神性の高さに比して、これに些かの批評、解説を試みようとする筆者の感覚、情操は余りにも乏しく、遂に、事志に反して作品の具有する真の芸術性を理解するに至らず、蟷螂の斧の喩えにも似て、単にレンズの眼によってのみ作者の創作視点を捉えた写真集に止まる結果となり、その非力さは自ら忸怩たるものがある。
 かくして、あたら名作に接する機会を得ながらもその精髄を伝えることができない不甲斐なさには隔靴掻痒の念を禁じ得ないが、金工作品に限らず、すべての美術品の価値判断は批評者の手に委ねられるものではなく、専らこれを鑑賞する個々の受け手の感性と審美眼に負うところが大きく、作り手である作者の感動が作品を通じて受け手の心を揺さぶる時、はじめて美的受容が成立するものであるから、その真の醍醐味を満喫する為にはまず、幼稚な批評よりも作品そのものを凝視することが肝要であり、この点においては読者して裨益せしめるところが僅かながらあると思われる。
 多くの作品の中から吟味選択し、芸術的意識と思想が籠められた美術品といえるものだけを収録したつもりであり、皆様と共に美を享受し、分かち合いたい意図をもって制作した。浅学の謗りはもとより覚悟の上、諸賢者の卓越した識見と厳しい審美の眼による御叱正を仰ぐ次第である。
平成五年九月一日 深海信彦



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