金工三十七景
8. 故事と伝説


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韃靼人図鐔
岡本正楽
Okamoto Syoraku

 

銘 鉄元堂正楽 天明二壬寅年九月日作之
鉄地竪丸形高彫色絵象嵌

 鉄を熟しては金工中の第一人者の評ある鉄元堂正楽は、その素材に錬れて黒味ある地鉄と、赤味を帯びて艶のあるものとを、図案、意匠により使い分けており、この鐔はその前者の例。
 良く鍛えられ黒々とした鉄地の表面に浅い起伏をつけて薄手の素材に深味をもたせ、韃靼人(だったんじん)の親子と異国犬を地より一段と低い所から鋤出高彫(すきだしたかぼり)とし、これに大樹を配して要所に金の彫込象嵌を施し、常には見ざる異風な装束の人物を、光の当て加減を控えて謎と好奇の予感を含んだ描写としている。
 裏面に高彫された大きな岩と、瀬を早めて流れ落ちる急流は、この親子の場所が人里の近くでないことを示し、その行動は不可解、大きな余白が深山の無限の奥行きを表わして未知の世界への不安を増幅させている。
 日本の伝統的図柄から脱却して異人に題材を求めたこの鐔は、異文化へのひそかな憧憬とおののきを代弁し、その意図するところは深い。





寒山拾得小柄
後藤一乗

Goto Ichijo

      

銘 後藤法橋一乗(花押) 江戸時代後期
赤銅魚子地高彫金色絵裏板金無垢地 長さ97ミリ 幅14ミリ

 寒山(かんざん)も拾得(じっとく)も中国唐時代の僧の名。拾得は虎を手なずけて有名な豊干禅師(ぶかんぜんじ)に天台山で拾われ、寺男として豊干の国清寺に住みつき、寒山はその付近の岩山からしばしば寺にやってきては拾得から衆僧の残飯を貰って飢えをしのぐ、共に恵まれざる身の上。後に切磋琢磨して徳を積み、遂には、寒山は文殊菩薩、拾得は普賢菩薩の化身とも伝えられるほどの悟りを得たのであった。
 この好画題に取り組んだ後藤一乗は、自らの添状にある如く、従来の類図に捉われない自分自身の解釈に基づいてこの両者を描いている。『寒山拾得拙者作』の添状に異形の図とあるのは恐らく拾得の風采の描法であろうか。通常は両者共に長髪が乱れ、箒と巻物を手にした乞食坊主風に描かれている例が多いが、この小柄では残飯を入れた竹筒を持つ拾得の着衣は簡素ながら清潔、その表情も慈しみ深く、詩を能くする寒山との邂逅の瞬間が、縦図の小柄の中に見事に彫り描かれている。
 極上質の赤銅地(しゃくどうじ)に、縦に流れるように揃った魚子(ななこ)が蒔かれ、薄肉彫(うすにくぼり)とされた両者には鮮やかな金色絵が施され、構図、彫技共に完璧。厚い金地の裏板(うらいた)は後藤宗家には見られない時雨鑢(しぐれやすり)仕立てとされており、ここにも、旧風から脱却し、斬新な表現方法を試みようとする一乗の深旨を垣間見せている。
注…表面が均等に揃った点の連続であるため、パソコンなどのモニターで鑑賞するとモアレが生じて不鮮明になることがあります。ご容赦ください。




諱信図目貫
青木春貫

Aoki Harutsura



割短冊銘 春貫 江戸時代後期
赤銅地容彫銀金色絵平象嵌 表38ミリ 裏34ミリ

 『諱信の股くぐり』の故事を目貫に表わした、青木春貫の作品中で古来最も著名なる小品。
 中国漢の高祖劉邦に仕え、背水の陣(はいすいのじん)の戦法を編み出し、戦えば必ず勝つと、その武勇を怖れられた漢の三傑の一人諱信(かんしん)の青年時代、仲間の犬殺しの乱暴者の辱めを、敢えて衆人の見守る中で我が身に受け、その堪忍の心の内に秘め、自らの野望成就の糧としたという含蓄の深い逸話が題材。
 右側には、この事件を見守る群衆の一人である魚売りの行商人を、左には、屈辱に堪えて今まさに股の下をくぐらんとする諱信の姿を描き分け、いずれも造形の巧みもさることながら人物の表情、衣服の模様は精巧そのもの、細部にまで緻密な鑚が入り、『ならぬ堪忍するが堪忍』の状況が活写されており、象嵌、色絵の技法は秀抜、籠の中の魚、天秤棒、越しに着けた印籠、背中の剣、いずれも人間の成し得る細密彫刻の限界に近く、春貫の名を不滅なものとした畢生の名作と言い得よう。



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