金工三十七景
5. 雅と歌ごころ


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花鳥十二ヶ月揃小柄
堀江興成

Horie Okinari




銘 堀江興成(花押) 江戸時代中期
赤銅魚子地高彫金銀 長さ97ミリ 幅14ミリ

 『新古今和歌集』の撰者として知られ、また、日記『名月記』で著名な藤原定家(ふじわらのていか)は、父俊成の幽玄の理想を唱える歌風を、明るく妖艶な有心体に発展させた平安末期を代表する歌人で、後鳥羽院や九条家の信任を得て『新勅撰集』の撰者となったほか、皇族にも歌を望まれ、その豊かな教養と高い学識をもって宮廷文化の推進にも貢献した偉大な文化人である。
 この花鳥十二ヶ月揃小柄は、その定家の自選全歌集『拾遺愚草』の中巻に収録されている『詠花鳥和歌各十二首』に題材を求めたものと思われ、後仁和寺宮の所望に応じ、十二ヶ月の折々の花鳥を詠んだ定家の歌意が見事に彫り表わされた堀江興成一世一代の名作。平安の雅を今に伝えるばかりか、我々日本人の心に筆紙に尽くし難い感懐を与え、その深奥をも鳴動せしめる絶品となっており、刀装具という枠を超え、絵画、陶芸等の我が国伝統のあらゆる諸美術の傑作に比して遜色なく、独り、刀装小道具界の賞翫に値するのみならず、日本人の繊細な感性を具現した民族の至宝とも言うべき格調高い芸術作品である。
 藩公の命によるものと思われるこの揃小柄には『阿波臣堀江興成』と金粉で自著された献上時のままの箱が添えられており代々の藩主の御道具として長く蜂須賀家に伝えられたが、昭和八年十月二十三日、故あって同家を出ている。現在は徳島市立徳島城博物館所蔵。

注…表面が均等に揃った点の連続であるため、パソコンなどのモニターで鑑賞するとモアレが生じて不鮮明になることがあります。ご容赦ください。


正月 柳竹に鶯

花…柳
うちなびき春くるかぜの色なれや
 日を経てそむる青柳のいと

鳥…鶯
春きてはきう夜も過ぎぬ朝といでに
 鶯なきゐる里の村田竹

青みを増す田舎家の傍らの柳と、群竹の小枝に囀る鶯の姿が、元旦からいく日も過ぎないある爽やかな冬の朝の点景として描かれている。
注…表面が均等に揃った点の連続であるため、パソコンなどのモニターで鑑賞するとモアレが生じて不鮮明になることがあります。ご容赦ください。




二月 桜に雉

花…桜
かざしをる道行人のたもとまで
 桜に匂うきさらぎの空

鳥…雉
かり人のかすみにたどる春の日を
 つまどふ雉のこゑにたつらん

道行く人々のたもとの中にまで、はらはらと舞い注ぐ爛漫の桜花。その樹の下で恋求め合う繁殖期の雌雄の雉。狩り人と仮りそめを掛けての、せつない旅立ちの心が、鳴き声を上げながら近づき合う雉の姿態を借りて、情感豊かに彫り表わされている。
注…表面が均等に揃った点の連続であるため、パソコンなどのモニターで鑑賞するとモアレが生じて不鮮明になることがあります。ご容赦ください。




三月 藤壺に雲雀

花…藤
ゆく春のかたみとやさく藤の花
 そをだに後の色のゆかりに

鳥…雲雀
すみれさくひばりの床にやどかりて
 野をなつかしみくらす春かな

 過ぎ行く季節を惜しむように咲き誇る淡紫色の藤の小花。その下で草の実を掻い摘む一対の雲雀(ひばり)。美しい日本の四季を愛で、自然を住処とする願望が、巧緻な鏨で描かれている。
注…表面が均等に揃った点の連続であるため、パソコンなどのモニターで鑑賞するとモアレが生じて不鮮明になることがあります。ご容赦ください。



四月 卯花に郭公

花…卯花
白妙の衣ほすてふ夏のきて
 かきねもたわにさける卯花

鳥…郭公
郭公しのぶの里にさとなれよ
 まだ卯の花のさ月待つ比

 卯月も終りに近いある日の夕暮れ時、垣根越しにたわわに垂れる鐘状の卯木(うつぎ)の白花。その上を巣に急ぐ杜鵑(ほととぎす)…。
 今年も南の方から渡来してきた杜鵑、懐かしいこの里に早く慣れてほしい。顔なじみの卯の花も、五月を待たずにこれほどまでに花咲いているのだから…。
 限りなく自然を慈しむ詠人の歌意が、確かな構図と鮮やかな鏨力で、左右に無限の広がりをみせて描写されている。
注…表面が均等に揃った点の連続であるため、パソコンなどのモニターで鑑賞するとモアレが生じて不鮮明になることがあります。ご容赦ください。




五月 橘に水鶏

花…橘
郭公なくやさ月のやどがほに
 かならず匂う軒のたちばな

鳥…水鶏
まきの戸をたたくくひなの朝ぼのに
 人やあやめの軒のうつりが

 細長く直立に葉を伸ばし、紫色の花を咲かせる菖蒲、その生い茂る水辺の草むらで餌を漁る水鶏(くいな)。その鳴き声はキョッキョッと続けて鳴いて木戸を叩く音に似るという。
 ここでは、六月に白色の五弁花を咲かせる橘と、人里にようやく慣れたほととぎすは留守模様とされ、朝早く、戸を叩く音にも似た水鶏の鳴き声で目を覚ますと、人の香の香りか、はたまた菖蒲の花の匂いか…。
 夢と現の境目の、寝起きの様子が、飄逸な水鶏の表情を借りて淡々と描かれている。
注…表面が均等に揃った点の連続であるため、パソコンなどのモニターで鑑賞するとモアレが生じて不鮮明になることがあります。ご容赦ください。



六月 撫子に鵜飼

花…常夏
おほかたの日影にいとふみな月の
 空さえをしきとこなつの花

鳥…鵜
みじか夜のう河にのぼるかがり火の
 はやくすぎ行くみな月の空

 左端に淡紅色の可憐な花を咲かせる撫子を配し、右端には生い茂る葦を掻き分けてかがり火を灯す舟を布置し、川面にさざ波を立てながら泳ぐ一羽の鵜(う)が彫り描かれている。
 撫子は常夏とも呼ばれ、暑さを厭う他の生物とは異なり陽の光で更にその色を増す。鵜を使っての鵜飼は、陽が沈んだ暗夜、光を求めて集まる鮎を漁る何やら床しい漁法。六月の昼と夜の風情が愛着をもって詠まれ、興成も必死の鏨でこれに応えている。
注…表面が均等に揃った点の連続であるため、パソコンなどのモニターで鑑賞するとモアレが生じて不鮮明になることがあります。ご容赦ください。



七月 女郎花に鵲

花…女郎花
秋ならでたれにあひみぬをみなえし
 契やおきし星合の空

鳥…鵲
ながき夜にはねをならぶる契とて
 秋待ちたえる鵲のはし

 艶やかな女郎花よ、誰のためにそんなに美しく咲き乱れているのであろうか、七夕の夜の牽牛織女の二星のように、契りを交わしているでもなかろうに。
 七夕の夜、その翼を連ねて天の川に橋を架け、牽牛織女の橋渡しをするという鵲(かささぎ)よ、今年もまた、その約束を果たすのであろうか。
 これほど壮大な恋の歌があるであろうか、歌意を充分に咀嚼した興成の感性によって、永遠のロマンが小空間に展開されている。
注…表面が均等に揃った点の連続であるため、パソコンなどのモニターで鑑賞するとモアレが生じて不鮮明になることがあります。ご容赦ください。




八月 萩に雁

花…萩
秋たけぬいかなる色と吹く風に
 やがてうつろふもとあらの萩

鳥…雁
ながめやる秋の半もすぎの戸に
 まつほどしきる初かりの声

 深まりゆく秋に、紅紫色白色と、思い思いに花は咲いても、所詮まばらに生えて頼りのない萩花は、やがて色あせ萎えてしまうことであろう。
 秋深い夕方、その声にふと見上げると、初雁(はつかり)の一団。毎年この頃日本にやって来ては、冬を越し、三月にはまた北に帰ってゆく。
 たわわに咲き誇る萩の、根元のほうの枝や葉がまばらな、所謂本疎の様子が、一羽一羽に表情をみせる雁ともども、繊細な鏨使いで克明に彫り上げられている。
注…表面が均等に揃った点の連続であるため、パソコンなどのモニターで鑑賞するとモアレが生じて不鮮明になることがあります。ご容赦ください。




九月 尾花に鶉

花…薄
花すすき草のたもとの露けさを
 すてて暮行く秋のつれなさ

鳥…鶉
人めさへいとどふかくさかれぬとや
 冬まつ霜にうずらなくらん

 初秋、茎の先に一尺前後の花穂をつける薄(尾花・すすき)は、刀装具の図柄の中では通常、他の草花や小動物の添景として描かれる場合が多く、この作品の如く、画面一杯に主題として採り入れられる例は少ない。
 薄の穂に銀の、線形で尖った葉に赤銅の色絵を施し、葉の先端は大きく伸び、人目を避けて群れ鳴くかのような鶉(うずら)の上を覆っている。
注…表面が均等に揃った点の連続であるため、パソコンなどのモニターで鑑賞するとモアレが生じて不鮮明になることがあります。ご容赦ください。




十月 残菊に鶴

花…残菊
神な月しも夜の菊のにほはずは
 秋のかたみになにをおかまし

鳥…鶴
ゆふ日影むれたつたづはさしながら
 時雨の雲ぞ山めぐりする

 定家がこの歌を詠んだ頃からであろうか、咲き残った菊花を観賞するために、毎年十月五日に宮中で酒宴が催されたのは…。
 右端に咲き残る菊を高彫とし、初冬の風情を強調して花弁に素銅の色絵をかけ、枝葉は真黒の赤銅象嵌としている。中央に、夕暮れ時に何を語り合うか仲睦まじい一対の鶴を据え、その肢体の動きは細部まで観察は鋭く彫技は緻密。左端には落日に染まる連山が描かれ、遠近の描法にも興成の非凡の才が発揮されている。
注…表面が均等に揃った点の連続であるため、パソコンなどのモニターで鑑賞するとモアレが生じて不鮮明になることがあります。ご容赦ください。




十一月 枇杷に千鳥

花…枇杷
冬の日は木草のこさぬ霜の色を
 はがへぬ枝の色ぞまがふる

鳥…千鳥
千鳥なくかもの河せの夜はの月
 ひとつにみがく山あゐの袖

 霜の降りた冬の日は一面が白く見え、未だ葉の生え替わっていない草木などは、枇杷の木に咲く白花と見紛うほどに区別がつき難い。
 右側にしろ花をつける枇杷の木を描き、その枝振りは寒に耐えて力強く、中央に向かって広がりをみせる。中ほどに省略された銀象嵌で加茂の河瀬を描き、その上を賑やかな鳴き声を上げて渡る千鳥が、表情豊かに高彫金色絵とされ、洛外の夜半の光景が引き締まった画面の中に活写されている。
注…表面が均等に揃った点の連続であるため、パソコンなどのモニターで鑑賞するとモアレが生じて不鮮明になることがあります。ご容赦ください。



十二月 早梅に鴛鴦

花…早梅
色うづむかきねの雪の花ながら
 年のこなたに匂ふ梅がえ

鳥…鴛鴦
ながめする池の氷にふる雪の
 かさなる年ををしの毛ごろも

 垣根越しに見える梅の枝には、雪が積もってはっきりとはその色が見えないが、年内にはきっと馥郁たる香りを漂わせる淡紅色の花を咲かせてくれるであろう。
 池のほとりを雌雄の鴛鴦(おしどり)が散歩している。雌は地味な暗褐色、雄の冬羽は緋色、香色、鳶色が交じって美しい。その鴛鴦の羽根の上に舞い降りる雪は、温もりのある毛衣に押しのけられ、一向に積もらない。自分も、寄る年波から守ってくれるあのような毛衣が欲しいものだ。
注…表面が均等に揃った点の連続であるため、パソコンなどのモニターで鑑賞するとモアレが生じて不鮮明になることがあります。ご容赦ください。



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